2006年05月06日

夢を抱いて学校へ通う人たちへ

このブログにも時折コメントをいただいているシロクマさんのところに,是非とも注目していただきたい記事があったので紹介します.

シロクマの屑籠(汎適所属)

「兵士としての教育」が隠蔽され、誰もが「将軍の夢」に酔っている異常
その点、看護学校って「兵士としての自己実現」が徹底してる
ある種の業種では、「練兵所」なんて要らない。必要なのは「弾薬工場」と「鉄砲玉」だ!

Employer(雇い主)からしてみればemployee(使用人)というのは使い勝手のよい駒であればあるほどよく,次から次へと適当な夢を持って入ってくる若者を使い捨てることが最高の費用対効果に結びつくという現実が,経済の拡大のために隠蔽されすぎていることに警鐘を鳴らしているわけだけれど,この問題は各個人の人生の質(この場合も英語のquality of lifeが相当するんだろうか)に大きく影響するものだと思うわけで.

私の身近なところの問題としては,研究者という人生についての人材養成の問題がある.96年からのいわゆる「ポスドク1万人計画」についてのさまざまな弊害については今回は省くけれども,「優秀だったらポストはあげよう.ポストにつけなかったらその一切は個人の責任.将来のことなど世話できないし,そんなこと期待されても困る.」という方針で若者から研究力を搾取し,財政難を理由に正規雇用を増やさないのではどんどん不満が積もっていくだけではないか.もっとも,そんな不満分子は排除され,新たな希望に満ちた鉄砲玉に入れ替わり問題は後回しにされるのだけれど.
「自分は研究者になれたけど,いつまで研究者でいられるかはわからないし,ましてや自分の子供には絶対勧めない職業だよ」と話す研究者をよく見かけるし,私もそう思う.日本の科学技術を支える人材を供給するシステムは1世代後には完全に崩壊してるんじゃないかとさえ思える.

やはり対策としては,学生や親の側としては国や企業や学校は自分たちに都合のいい麻酔を自分たちに打ってくるということをしっかり認識するということだろうか.教育についてはその意味合いについて考え直すべきだと思う.教育とは本来,世代をつなぐ大事なバトンの役割を果たしていたはずであるのに,最近は金銭的な対価として提供されるサービスとしての面が強調されすぎではないだろうか.これには「お金が集まるのだから,優秀な人材も集まるはずである」という貨幣価値至上主義に基づいた論理のすり替えが起こっていることが原因しているのではないかと思うけれど,そのゆがみについて個人的に不安を訴えることはあっても社会的なレベルで補正しようという動きはみられない.もちろんこのブログだってそうだし.今の世の中あまりにも流されて生きているほうがラクな状態が続いているからだろうけど,そんな平和なんて一時的なものだということは歴史が教えてくれているのに…と私は思ってしまう.(もちろんそれを「今から悩んでたってしょうがない」というのは自由だし,私だって杞憂であってほしいと思う)

教育する側だったり,人を雇う側としては,現在ニートを増殖させていると思われる「将軍か,さもなければ逃亡か」という,「全か無か」の賭けしか人生の方法を知らない若者たちに少しでもシロクマさんの言う「兵士の幸せ」を示していくかが重要になってくるだろうし,人の上に立った者としては,その権力をより強大に,強固にしたいという欲望を少しでも抑え込んで兵士の幸せを育ててやる義務があるのではないだろうか.


本来ならば,上に立つもののそういった義務は相互監視の社会と倫理観に支えられ履行されてきたのだろうけれど,最近はそんなリミッターがはずれぎみで,上に立つものの権力がどんどん増大していっているような気がしてならない.そしてそのことがさらに人々を上に立つこと,権力を持つことに固執させているのではないかと思う.ときどき,ニートを理解できないと突き放したり,非難するお偉い方々を見かけるけれども,そういう方々には今の自分がしていることをじっくり考えてもらいたいものだ.
posted by Kammy+ at 16:02| ☁| Comment(12) | TrackBack(0) | 考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月01日

東京・横浜に遊びに行きました(後編)

2日目は友人と別れて朝から単独行動.
スタートは08:00,東京都立川市のJR立川駅.
今回主に利用するのは首都圏近郊のJRが1日乗り降り自由な「ホリデー・パス」2,300円.途中下車し放題なのがありがたい切符です.平日に東京を訪れることが多くていままで使ったことなかったけれど,なかなかの使い心地.

立川からは青梅線の電車(青梅行)で移動.
0803 立川(たちかわ) → 拝島(はいじま) 0816
距離はこの間6.9km.この駅は昭島市と福生市の市境に位置する駅で,青梅線と八高線がクロスし,さらに五日市線の起点でもあってJRだけで5方向にのびる駅.青梅線で終点の奥多摩まで行くと時間がなくなりそうだったので,今回は五日市線を制覇することに.細かい予定は立てていなかったものの,幸いにもこの次にやってきた青梅線の電車が新宿からのホリデー快速で,ここ拝島で前6両が「ホリデー快速おくたま号」,後ろ4両が「ホリデー快速あきかわ号」に分離された.後ろの車両に乗って,いざ五日市線へ.

0828 拝島 → 武蔵五日市(むさしいつかいち) 0849
距離は11.1km.電車が走り出すとまもなく車窓からはのどかな住宅と畑の入り混じった「東京らしくない」のなかを走り,終点の武蔵五日市に近づくにつれ畑は森に変わってゆく.武蔵五日市はあきる野市にあります.
ここで降りた人は山登りの恰好をしている中高年の方が多く,その方々は駅前の西東京バスののりばからさらに山奥へと旅立ってゆかれました.私はその駅前の「何もなさ」をじっくり味わってからホームに戻り,戻ることに.

武蔵五日市

0922 武蔵五日市 → 拝島 0941
拝島に戻ってくると今度は東京で唯一の「地方交通線」である八高線(八王子と高崎を結ぶ)で北上.
0945 拝島 → 高麗川(こまがわ)1012
この間は21.2km.この間に線路は東京から埼玉へ.高麗川は埼玉県日高市.この駅は八高線と川越線(大宮-高麗川)の分岐駅であるものの,列車の運行形態としては川越線から八高線の南側を直通する列車はあるものの,八高線でここから北へ行く列車はすべてこの駅が始発になっている(ここから北は非電化区間)ので,折り紙の「だまし船」のような関係(このたとえじゃわかりにくいか…)に見える.

乗ってきた電車は高麗川止まりなので,改めて川越行の電車に乗り継ぐ.
1024 高麗川 → 川越(かわごえ)1051
この間は14.5km.思っていたよりもずっと田園風景が広がっていることが意外だったものの,その景色は北海道のそれとはまた味わいが異なっていて面白い(北海道はトタン屋根しかないこととか).
この路線は単線なので,途中上下線のすれ違いのために的場(まとば)という駅で5分の停車.なかなか古い駅舎で味わい深いけれど,きちんと電光表示板はついておりました.

お次は川越始発の埼京線りんかい線直通列車にすぐに飛び乗って…と思ったけれど朝から何も食べてなかったので立ち食いそばをかき込む.そうこうしてたら1056の電車に間に合わず,次の1115に乗ることに.
駅前に出て知ったけれど,このあたりは「小江戸」と呼ばれ今でも古い建物の残る地域.やっぱり北海道に住んでると北関東のことは知らないこと多いもんだ.

1115 川越 → 武蔵浦和(むさしうらわ)1142
この間23.5km.川越線と埼京線と乗ってきて,今度は武蔵野線に乗り換えるために武蔵浦和で下車.埼京線と武蔵野線はクロスする位置関係にあるため,武蔵野線から埼京線のホームを見上げる感じになる.ところでこの武蔵浦和,駅名で旧国名を関して他方の駅と区別することはよくある(静岡県の清水と北海道の十勝清水など)けれど,武蔵浦和の場合は旧国名のつかない「浦和」は目と鼻の先にあり,この場合の呼び分けは「武蔵野線の浦和駅」という意味合いでつけたものと思われ,特殊なケースと思われる.この駅は埼京線完成時に武蔵野線との乗換駅として昭和60年にできた比較的新しい駅.

1152 武蔵浦和 → 南流山(みなみながれやま)1219頃
この間25.6km.初めての路線で景色をしっかり見るべきだったけれど,昨日の疲れがでてうとうとしてしまう.南流山は千葉県流山市.この駅は今日の主目的のひとつである「つくばエクスプレス(TX)」の乗換駅.
つくばエクスプレスの駅は地下鉄みたく番号が付されていて,起点の01秋葉原から20つくばまであるけれど,ちょうど真ん中あたりの10番が当てられている.秋葉原からの距離は22.1km,運賃は550円.地下に下り,ここではホリデー・パスが使えないのできっぷを買い,ホーム階に下りる.真新しい感じがいい.まもなく6両編成の列車が到着し,先頭車両に乗車.

南流山 → 秋葉原
先頭車両は窓も開いていて景色がすごくいいんだけれど,あいにく鉄道マニアと思われる中年のおじさんがかぶりついていた.しかし同好のものとして少々おせっかいかもしれないが言わせて貰うと,中年太りで短髪で,キャップ(野球帽)にリュックにウインドブレーカーという恰好は周囲に決していい印象を与えないわけで.こういうかぶりつきはただでさえ目立つ行為なのだから,スーツにネクタイ,とは言わないまでもさわやかなスタイルで臨んでいただきたいものだ….

秋葉原
秋葉原には高校の修学旅行以来10年ぶりだったので,まずその近代的な変化に驚く.秋葉原の新名所ヨドバシカメラAkibaを駆け足で眺めて,レストラン階の回転すし屋で遅い昼食.桜海老の軍艦巻きは初めて食べたなあ.本州の回転すしはおいしくないと言われているけど,それも昔のことになりつつあるのかもしれない.
日曜日ということもあって歩行者天国は(北海道人からみれば)ものすごい人出.特にグラビアアイドルらしき集団が水着で撮影をやっていたり,メイド姿の女性がメイド喫茶のビラ配りしていたり,アイドルグループが街頭コンサートやってたりとお祭り状態.

秋葉原

この街の「主役が年端もいかない女の子で,それを支えるのは多数の活きの悪い目をしたさまざまな年代の男」という構図を目の当たりにしていやな気分になったものの,誰を責めるべきかは私には思いつかなかった.ただ,やっぱり自分は女の子には自分で汗水たらして努力して,ナマのコミュニケーションをしないといけないな,と思ってみたり.私はときどきこのブログで消費に踊らされる若い女性などをまるで他人事のように上から見ていたかもしれないけれど,私自身が「若くてピチピチの女性」という商品のプロモーションに無意識に洗脳されてることについては普段は忘れがちだってことに気づかされるわけで.いろんな意味できてよかったと思える体験だった.メイドさんから数枚のビラももらったし(笑)

そんなふうに秋葉原観察に時間を割いていて,最後にふっと万世橋方面に目を向けると「交通博物館」の文字が….そこで私のなかで忘れられてた記憶が思い出されて思わず口について出た.
「やばっ,交通博物館閉館するんだった!」
気づいたときには既に遅く,帰りの飛行機の時間が迫っていて中を見る時間はない.交通博物館は今年5月14日をもって修了し,その展示品の中の鉄道関係のものは2007年の秋にさいたま市にできる鉄道博物館に移るという話をどこかで小耳に挟んでいたんだった.
入り口に展示されている0系ひかりの先頭車にも「さようなら 交通博物館」の文字が….仕方ない,鉄道博物館ができたらいくことにしよう….

そして秋葉原から浜松町まで京浜東北線の電車に乗り,そこからはホリデー・パスで乗れる東京モノレールを使って羽田空港へ向かったのでした.
posted by Kammy+ at 01:27| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 趣味談義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月24日

東京・横浜に遊びに行きました(前編)

関東に住んでる友人が大塚愛の横浜アリーナのコンサートのチケットをくれるというので,ちょうど春めいたいい時期だろうということで快諾して旅行の手配をしたのが1ヶ月前.今回は旅割で安い飛行機チケットが手に入ったので,行きは前からやってみたかった「鉄路で関東へ」を実現に移すことに.

行きに札幌から上野行きの寝台特急に乗ろうとすると19:27の北斗星4号には乗らないといけないので平日はきちんと仕事したいこともあり今回は見送り,22:00に札幌から青森へ向かう夜行の急行列車である「はまなす」に乗車.寝台車にはせずに指定席券だけで座れるドリームカーというリクライニングのよくきく座席.
途中日付の変わるまでは起きていて,気づいたら函館に着く直前.函館着は夜中の2:42.函館では進行方向が変わり,いままで9両の車両を牽引してたディーゼル機関車から,青函トンネル用の電気機関車に付け替える様子を見学.函館発は3:00.

blog008.jpg

その後はうとうとしながら青函トンネルに入ったのまでは覚えていて,気づくともう本州に入っていた.本州に入ったらさぞかしあったかくなっているだろうと思っていたけれど,残雪があるあたり北海道とさして変わらない印象を受けた.

急行はまなすの終点,青森着は5:35という早朝.それでも多くの乗客を降ろし賑わうホーム.ここからさらに旅を続けるものにとってはすぐに乗り換えがあり,私も5:52発の八戸行きの特急つがる2号に乗り換える.八戸からは東北新幹線で一気に東京まで南下する超特急ルートをとる.

特急つがる2号に乗っていて森の木の構成が北海道と異なることに本州に来たことを実感しつつ,6:48に八戸に到着.次に乗る新幹線はやて2号は6:55発車なので混雑するなか急いで乗り換え.普段,乗車券と在来線の特急券と新幹線特急指定券の3枚を自動改札に通すことなんてしてないのでちょっと戸惑う.10両編成のすべてが指定席のはやて2号はほぼ定刻どおり発車.

次の盛岡では6分停車して秋田新幹線のこまち2号を連結するはずだったのが強風のための遅れで発車時間が遅れるとのアナウンス.それではと盛岡ではホームに出て写真を撮っていたらこまち2号の遅れが拡大したらしく,連結走行を取りやめ定刻どおり発車することに変更になりました.

次の停車駅仙台の市街に入って,私のこの春最初の桜並木を目撃.

blog009.jpg

仙台発は8:15,ここで大量に客が乗ってきた.はやて2号はその後上野にすら止まらずに東京駅まで1時間36分疾走する.福島あたりでは菜の花が黄色く咲いているのをみかけてさらに春を感じつつ,昨晩からの眠さもあってうとうと.気づくと宇都宮を過ぎていて,木々にも緑の葉がさわやかに目立ってきていた.

9:51東京駅21番ホームに着くと,今度はJR東海の東海道新幹線のホームへ.10:13東京駅18番ホームより発車する博多行き新幹線のぞみ19号に乗り換えへ.それを使って新横浜まで行き,10:32.そこからは横浜線の電車にスムーズに乗り換えることができて,友人との11:00の待ち合わせ時刻に間に合うことができた.

横浜アリーナの開場までは横濱カレーミュージアムで食事をし,中華街で豚まんをほおばり,新横浜ラーメン記念館で新たな店に足を踏み入れた.食べてばっかりだな….

大塚愛のコンサートの感想や詳細は専門のページを見てください.私は大塚愛のアルバムは3枚持っていて『さくらんぼ』のようなはじけた感じの曲が特に好きですが,むしろ今回のコンサートではバラードに聞かせるものが多く,カップルで鑑賞するといい感じだろうと思いました.

帰りはJRと私鉄を乗り継いで友人の家で雑魚寝.
翌日の行動については後編に.
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2006年04月20日

助手のお仕事 第2週・第3週

研究費の申請書のほうは意外に手間取ってしまい,先週の大半はそれがメインのお仕事になってました.第1稿ができたときには「素晴らしい申請書だ.これに研究費当てなくて何にあてるというのか」ってくらい鼻高々な気分なんだど,推敲すればするほど隙というか脇の甘さに気づき,意気消沈.でもって局所的に修正すると全体像との整合性が取れなくなってまた別の部分を書き直し…って感じで,段々苦痛になってくるという罠.

ラボで唯一の学生であるN氏に研究のイロハを説くのもたぶんお仕事の一部.
意欲のある学生ってのは接してるとこちらまで頑張ろうという気持ちになるわけで,まさにラボの宝.実験データの解釈をボスを交えてじっくりやったり.

研究室内を把握するために,詳細な試薬リストの作成にとりかかる.昔,最初の研究室でリスト作ったときはもっとサクサク作ってたはずなんだけど…,まだ半分もできていない.念のため申し添えておきますが,もちろん,劇毒物などのリストはちゃんと存在してますよ.

研究室の共用のパソコンの新しいものが届く.前のパソコンからのデータの引継ぎや,各種ソフトのインストール,プリンタなどのドライバのインストール.箱を開けるとこからはじめるのでそれだけで1日仕事.

新しいパソコンのほうにプリンタケーブルの端子がなかったのでプリンタケーブルとUSBの変換コードが必要になったのと,器具洗い用のバケツ(普通のポリバケツだと底が狭くなっているのでホームセンターなどで売ってる漬物用のポリ容器を使っている)にひびが入って水が漏れるようになってしまったので,ボスと買い出し.PC売り場でレーザープリンタの品定め,というか完全にウィンドーショッピング.

研究室に何台かある薬品保管用の冷蔵冷凍庫のひとつが故障.エラー音がうるさいので中味を別のところに移したり,不要なものは処分したり.メンテの人いわく霜取り部分の故障らしく,パーツ届くまで2-3日とのこと.大都市から離れるとこういうときに不利だよなあ….でも大都市ではないゆえの,のんびりした雰囲気は人間らしく生きているような気がして好き.やっぱり私はいなかものの血が濃いんだろうなあ….
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2006年04月10日

助手のお仕事 第1週

新しい場所で実験を始めるとなるといろいろ手続きが必要です.

動物実験施設の利用登録,利用ガイダンス.
放射性同位元素(RI)の利用登録,利用ガイダンス,利用のための健康診断.
実験機器共同利用施設のガイダンス出席.
就職による研究者番号の取得.

こうした書類が発生するもののほかにも,ゴミや実験廃液の捨て方の施設ごとのルールからラボごとの「しきたり」レベルのオリジナル・ルールまで,不文律であろうとも(むしろ,不文律だからこそ)この時期に覚えておいたほうがよいことが目白押し.とはいえ,べつにこの仕事かぎった話ではないのでしょうが.

ボスからはさまざまな仕事が割り当てられます.今週は学生実習についての概略の説明を受けたり,ボスが今回ホスト役をつとめる小さな研究会の裏方的なお仕事の一部を引き受けました.面倒な仕事ではないので今のところ不満もなく過ごしております.

研究のための研究費の申請書を書くのも研究者の大事な仕事のひとつです.
日本の代表的な競争的獲得資金源である「科研費」にはいくつかのコースがあるのですが,そのなかで新設された若手研究(スタートアップ)という種別のものに応募するために申請書を書いているところです.今年から新設された種別なので不安はあるものの,出さなきゃあたらないのは懸賞はがきと同じなので,まずは少しでもいい申請書を書きたいところです.
posted by Kammy+ at 22:27| ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | Kammy+の日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月08日

授業料免除と奨学金がなかったら…

私は11歳のときに両親の離婚を経験している.
父親の借金が原因だったものの,幸いにして借金の取立てには遭わずに済んだ.
別居のための小学校の転校以来,私の教育費は常に社会によって支えられてきた.
小学校のときは給食費などの集金(転校先の学校は口座振込みへ移行しておらず,児童が集金袋に現金を入れて学校に持っていっていた)のときに持っていく金額がまわりの子よりも少ないことで実感していたし,高校でも普通の生徒ならほとんど用のない事務室に授業料免除の書類を提出するために何度も通っていた.

そのことが恥ずかしいと思ったことは一度もなかった.

母は,私にまともな大人になって少しでも世の中の役にたてるように願っていた.
母は,父に対する恨み節をひとつこぼすことがなかった.また,私も深く詮索することがはばかられたので,当時は事情を詳しくは知らないまま,当時の生活環境を自然なものとして受け入れていた.ただひたすら,母に感謝していた.

そんな家計の状況で大学に行けるかもわからなかったものの,当時の高校の担任は三者面談で大学進学の際の金銭面での心配をぶつけた我ら親子に「Kammy+君なら大丈夫でしょう.」と言ってくれた.心配していてもはじまらないので,とにかく国立大学を目指すことにした.

結果,無事親に余計な出費をさせることなく国立大学に入学したものの,国立大学の授業料すら払うこともできない状況.幸いにして某企業が社会活動の一環として行っている奨学金制度の奨学生に選ばれ,日本育英会の貸与も受けたけれど,一番の拠りどころは授業料免除だった.そして宿舎費わずか3,000円(当時)の大学の学生寮に入れたことで,人並みかむしろそれ以上と思えるほどの大学生活を送ることができた.

大学院に進めば育英会から借りられる金額も増えることから,あとは自分が働いて返すことができるだろうということで,大学を卒業するときには既に大学で行けるところまで行ってみようと決意していた.大学院に進むと母の収入も増え,授業料免除は半額免除を経て,最終的には免除がかからなくなっていた.
「社会が僕に投資してくれるなら,それに応えるまでのこと」
そんな気分だったし,今でもそれは私のポリシーだ.

だから私は奨学金で学ぶ後輩達を,強く応援したい.
そして,少しでも奨学金制度がよい形で継続されることを切に願っている.

しかしどうも今,国はよからぬ方向に動いているような気がしてならない.
不景気で授業料の払えない学生・生徒が増えても,それに見合う税金の投入をしなかったように思われる.国の借金を減らすためか,大学も,育英会も法人化してしまった.
育英会は名を変え,卒業後の特別返還免除の対象をどんどん狭めていった.研究を行う公務員か大学教員となって15年間勤めることで返還免除となる制度もちょうど私の学年までで廃止(大学学部での免除規定は全廃)し,「大学院において第一種奨学金の貸与を受けた学生であって、在学中に特に優れた業績をあげた者」が奨学生の死亡・心身の障害を除くと唯一の免除対象となってしまった(解釈に間違いがあったらご指摘ください).しかもその在学中の優れた業績とは「学問分野での顕著な成果や発明・発見のほか、専攻分野に関する文化・芸術・スポーツにおけるめざましい活躍、ボランティア等での顕著な社会貢献」が対象と,あまりに即物的すぎやしないかと感じずにはいられない.
大学も,法人化してまず始めたことは授業料未納者への退学処分の基準を明文化だったし.その代わりに創設するのは支援機構同様「何か大学にプラスになることをした人物」を対象とするような制度ばかりが目に付く.授業料免除のための国の予算が増えないために免除基準は一層厳しくなり,このままじゃ大学は「超貧乏か中流以上」しか通えないところになってしまうんじゃないだろうか.
日本は学生を育てることを放棄し,手柄を立てた者にだけ媚を売るような国になってしまったのかなあ.

せめて次の世代には少しでもよい教育環境を残せるよう,今後も努力していきたいと思う.
posted by Kammy+ at 22:05| ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月09日

研究の愚痴

学位論文発表会を3日前に控え,現在風邪で扁桃腺が腫れて発声がままならない状態ですよ.
うーむ.明日のOB・OG飲み会の二次会はカラオケ回避せねば…(そういう問題ではない).

最近の悩み.それは後輩と研究のディスカッションをしても盛り上がらないこと.ドクターコースの学生同士だと話もはずむのだが,マスターコース以下だと苦痛にすら感じてくることがある.今年は研究室のアマチュア人口の急増などで,どうも研究を楽しむムードが感じられないのが,研究室立ち上げ時からの学生としては悲しくてしょうがない.
その悲しみを今のうちのアマチュアちゃん達にぶつけるのは筋違いなのだろうけれど,あまりの研究する人間としての意識の低さに今年は何度失望させられたことやら.

そもそも「研究で生きてく気ないですし,就職したらカンケーないですから.だから私の(研究発表の)ハードルは下げてください」と平気で言ってのけるかのような学生の溢れる場所で研究するのは心理的にすさみますよ.
能動的に関わろうとしないから,共通で使う試薬が底を尽きるまで放置していたり,試薬を暖めるウォーターバスがぬめっていてもお構いなし.で,注意しても「なんで私を叱るんですか?(対象間違ってるんじゃないですか,ムカつくこいつ)」ってな態度だから,声をかける気も失せてしまうわな.
研究に対しても,自分に与えられたテーマの捉え方が「押し付けられた仕事」と同レベルだから,その研究が失敗に向かおうがお構いなし.ディスカッションで一緒にいろいろ考えても,もう少し突き詰めて考えたいとこがでてきても興味は仕事が増えやしないかということばかり.
とにかく今一番の問題はそういう学生が研究室に慣れようとせずに群れをなして自分たちのやり方を押し通そうとすることだ.研究室ってのは自分から能動的に関わっていって,先輩からありとあらゆる「技」を盗んでいかなくては何も身につかないとこなのに.それなのに今のうちの学生は平気で「そんなこと言われてません」といって「自分は何も悪くない」というスタンスを意地でもくずそうとしない.研究室でそんなちっぽけなプライドにかまってたら何もできないままだというのに….
posted by Kammy+ at 20:21| ☁| Comment(5) | TrackBack(0) | Kammy+の日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月31日

「良い研究」と理系スピリット

この1週間,わたくし初の海外旅行兼国際学会に米国へ出かけていましたよ.

学会行って良い研究を見て思うのは,みんなが興味をもって賞賛する研究というのは,ものの仕組みを誰の目にも明らかなように解体したものだということだ.そういう研究というのは,その結果自体が人類の役に立たなくても,その解法に新しさがあればそれは大きな功績となる.自分に課した問いに対するパズルの解き方が,同時に他の研究者の問いに答えるためのヒントになりうるからだ.したがって学者同士では「何を研究したか」よりも「どのように研究したか」により大きな関心が寄せられることとなる.いくら人類にとって大切なことでも,それを金とマンパワーにまかせて力技で解くことを,研究者は研究とは呼ばない.「それはscienceではなくてindustryだよ.」と皮肉るのだ.

小さい頃,僕は時計をよく解体した.そのときの気持ちなど覚えていないけれど,おそらくは「どうやってこの機械は正しく時を刻み,それを表示することができるのか」ということが不思議で,自分でそれを理解したいという欲求に突き動かされての行動だったのだろうと思う.
小さい頃は冒険も好きだった.少しでも遠くへ行きたくて自転車を走らせ,親が聞いて心配するようなところまで出かけた.それも,もっと遠くまで知りたいという欲求からだったと思う.
今,鉄道や交通などが好きなのも,たとえば「この路線はなぜできたのか,なぜ今赤字なのか」「なぜこの駅には1番ホームがないのか」とか,そういう好奇心が次から次へと湧いてきて,それを自分の言葉で説明できるようになることに無上の喜びを感じるからだ.

しかし僕の場合,そういう好奇心が湧くのは自然現象や比較的パブリックなものばかりで,個々の人間に対してはまったく興味がわかなかった.おそらくこれが世に言う「理系スピリット」なのかも知れない.計算ができるとか理詰めとか,そんなのは後天的に身についた能力なのかもしれない.そもそも何に対して興味を持つかの時点で,違っているのではないか.もののしくみをみて「どうして?」と考える.それを解決するには理詰めの思考方法が適していることを,自身の経験として身につけているのだろう.

自分自身のポスター発表では,自分の研究の弱点と今後の課題が浮き彫りになった.今の研究は今年度で区切りをつけることになるけれど,次のピリオドではもっとよいものに仕上げられるよう切磋琢磨しなければと思った.
posted by Kammy+ at 19:16| 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | Kammy+の日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月16日

vs. 理不尽

「社会人になるってことは『理不尽に怒られる』ことだからねえ」と,さるお方がご指摘なさった.
うむむ.
バイトするたびにそのことは実感しまっせ.
それで,若かりし頃からの決意を思い出した.
「理不尽に怒られるのには耐えられない.だからこそ,理屈で勝負できる(研究の)世界に身をおきたい」
小さい頃から理屈をこねることばかりだった自分の,ささやかな,社会への抵抗だったのかも….

でも結局,ひとりで生きていくためには,この理不尽に打ち克っていかなきゃならないんだなあ,と最近思うんよ.
世の中の理不尽さと自分との戦い.
でもこのごろ,僕の戦いは圧倒的に理不尽が優勢で,「耐えられないならお前が氏ね」と,理不尽におしつぶされるという状況が続いてる.
生きている心地がしない.休暇が,カタストロフィーの先延ばしにしか思えなくなってきている.
今の生活でこうなんだから,社会出たら….

みんな,強いよ.強すぎるって.
「僕はなんとかピュアなまま生きるから,倒れそうになったら護って」
他人にそんな期待をしている甘え根性まるだしの自分.
「こっちにとってオマエがピュアだろうがダーティだろうが,そんなこと知ったこっちゃねえ,こっちだって自分生かすのに精一杯なんだよ.」
との声が聞こえてきそうだよ.

ごめんね,ただのお荷物で….
posted by Kammy+ at 06:36| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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