2006年11月20日

[第12回時刻表検定試験]受けてきました

年に1度の時刻表検定を今年も受けてきました.
今回が3回目の受験.

小中学生でも級が狙えるやさしい第2種試験(5-3級)と,難易度は国家資格にもなっている国内旅行業務取扱管理者試験と肩を張ると思われる第1種試験(2-1級,博士)があって,両方受けてきました.

前回まぐれ当たりも含めてなんとか2級を認定されたKammy+としては,今回も2級を保持できるかが勝負なのです.
とはいえ,ろくに対策もできないまま当日を迎えてしまいました.

第2種試験では親子や孫を連れての受検者もちらほら.
テレビカメラも来てました.
このごろはやりのユニーク検定のなかでは「はしり」の頃からある試験なのです.
時刻表をみながら解答する試験です.
暗記ではありません.

ただ,全国各地の土地勘と鉄道知識がないと該当ページにたどり着くまでに時間がかかってしまうし,料金計算のルールや特例を知っていないと計算を間違ってしまう….

受験案内に「付箋紙可」とわざわざ書いてあるくらいなので,付箋のつけ方が高得点の鍵なのではないかと思い,要所要所に付箋をつけてめくりやすくしてみる.過去2回の受験で飛行機の国内線と国際線の境目がわかりにくくて苦労したこととか,列車の車両編成のページが一発で開けなくてページをくくるのに時間がかかったことなどを思い出し,付箋をつけてみる.


第2種はカンタンとはいいながらも,その問題数には圧倒されます.
90問を90分.
私は3回目にして初めて時間内に解き終えることができました.

第1種は問題数は60問に減るものの,落とし穴の数や解答のための手間は第2種の比じゃないです.
今回も手間取り,後ろの20問近くに目を通すことができませんでした.

結果は12月下旬に郵送されてくるとのこと.
自己採点では第1種で2級をとれるかはとっても微妙なところ.
時刻表ファンとしては,まだ中級者といったところではないでしょうか.
あー,受かってるといいなあ.
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2006年10月22日

【なつやすみ旅日記】ぐるっと四国ひとり旅(第2日・中編)

(前回,時間の都合で記事を打ち切ったため,まだ朝の8時台までしか書いてないのに次へ突入という事態に…)

八幡浜から宇和島までは特急「いしづち1号」で29分の旅.途中,卯之町(うのまち)に停車する.卯之町は市町村合併によって誕生した「西予市(せいよし)」の市庁舎が置かれているところ.

この予讃線を走る特急は14往復ある特急「宇和海(うわかい)」(松山-宇和島)のほかに,岡山から特急「しおかぜ」が2往復,高松から特急「いしづち」が1往復ある.私が乗車した「いしづち1号」の高松発は朝の5時17分で,宇和島到着は9時26分なのだから,四国もなかなか広いのだなあ,という印象を受ける.

そして予讃線の終点,宇和島に到着.
駅構内で線路が終わっているため,3番ホームまであっても跨線橋や地下道はなく,1番ホームからはコの字型の連絡通路で2,3番ホームへ行く構造になっている.
雨に急かされて予定より早く着いたので,次の目的の列車までは2時間ある.
ただ,ここに到着するまでにガイドブックで宇和島を調べてみたけれど,名物の闘牛はやっていないようだし,なにより雨で街の散策も難しいかな…という感じだったので期待はせずに改札を出ると,何かおかしい.
これから乗る予土線の電光表示の行き先に「近永」という下調べ段階では見たことのない行き先が表示されていたからだ.そして改札前に置いてあるホワイトボードが目に入ってきた.


運転見合わせ(宇和島駅)宇和島駅前

上:予土線運転見合わせのお知らせ(宇和島駅)
下:雨の宇和島駅前

やはり雨で運休していたか….
予土線は愛媛と高知をつなぐ唯一の鉄路であるものの,特急はおろか快速列車すらもない山間を走るローカル線で,県をまたいで移動する人間の数なんてたかがしれているのかもしれない.

この緊急事態に駅舎の中のベンチに座って対策を考える….
時刻表の「さくいん地図」で高知県へ抜けるルートを検索してみる.
宇和島からは,このまま海伝いに南下し,高知県宿毛市(すくもし)に抜け,そこから土佐くろしお鉄道で窪川まで行きJR線に復帰するというのが現実的な唯一のルートのようだった.問題はダイヤと,その接続だ….
大きい全国版の時刻表を持ってきていて良かった.すぐに主要なバス路線のページをめくり時間を調べる.宇和島から宿毛へはだいたい1時間に1本のペースで出ていて,次の宿毛行きは9:45発.あと10分もなかった.
駅で「清流しまんと2号」の指定券を払い戻し,駅前のバス停で宿毛行きを探す.すぐにバスが到着した.中乗り前降りの路線バスで,宿毛駅まで1時間51分の旅となる.

バスはほぼ国道56号線沿いに走ってゆく.宇和島市と宿毛市の間の距離は約63km.このバスは急行便などではないので,頻繁にバス停の案内テープが流れる.
このバスを運行しているのは宇和島自動車というバス会社で,会社のマークには旗の中に「宇」の字がデザインされたものが使われている.先ほどの宇和島駅前の写真で後ろに映りこんでいる建物がその本社だったみたい.途中宇和島市の「バスセンター」では業務用の荷物が大量に出口扉のそばの荷物用スペースに積まれた.鉄道では業務用の荷物を運んでいるのは見慣れていたけれど,路線バスでこのような光景を目にするとは.荷物は途中の岩松営業所と城辺(じょうへん)営業所で,いずれもそこの職員が待ち構えていておろしていった.
雨は南に進むにつれ激しくなり,通行止めになってしまうのではないかと思うほどひどくなっていた.そんななかでもバス停からはお年寄りが乗ってきては,また降りていく.このバスのほとんどは短距離の利用者であった.もちろん数えていたわけではなかったけれど,後からバス路線図で確認したところ80番目のバス停「県境」で高知県に突入,そのあとすぐの84番目「宿毛駅」で下車.運賃は1,750円.かなりの雨だったものの,ほとんど遅れることなく到着した.


宇和島自動車のバス(宿毛駅にて)宿毛駅

左:宇和島自動車のバス(宿毛駅にて)
右:宿毛駅

宿毛駅といえば2005年に起きた特急列車が停車せずに車止めを乗り越え,駅の壁に激突するという大事故が起きたことで記憶に新しい駅だったものの,既に駅は復旧しており,営業も通常どおりに戻っていた.

11:31窪川行が出てしまった後で,次の列車は12:43の発車となっている.これは中村止まりで,中村からは特急「南風20号」に連絡していて,窪川着は13:53.不通だった予土線の列車に乗るコースでの窪川着が13:45だったのでうまく予定への本線復帰ができることになる.
列車が来るまでの時間でまずはきっぷを買う.私の持っている四国フリーきっぷはJR線のほか,この土佐くろしお鉄道の若井-窪川間に乗車できる.しあがってここでは宿毛-若井の乗車券と,中村-窪川の特急券を買う.窓口氏は土佐くろしお鉄道の出札補充券を発行してくれた.料金は1,820円.予土線不通のおかげでバスとあわせて3,500円の追加出費となってしまったけれど,本線復帰できるのだから御の字だろう.

ふらふらと店を見て歩く.産直の農産物売り場では「小夏」という品種の柑橘が売られていた.どうやら高知の特産らしい.小ぶりで,夏の早くから収穫できるためこの名があるという.
また,水槽に変わった生き物が泳いでいた.「土佐のクリオネ」のキャッチコピーとともに売られていたのは「タコクラゲ」.図鑑などによると体長15センチほどになるらしいけれど私が見たのは5センチほどのものだった.見てて非常に癒される.3匹500円だったけど,とても持ち帰れなさそうなので買いませんでした.それにしても,クリオネの実物はあまりに小さすぎるのでこっちのほうがおもしろいかも,と思ったのでありました.

昼食は駅のそばのファミレス風のところで,「四万十うどん」なるものをいただく.青海苔がのっかったあっさり風味のおうどん.美味いけど,もっと青海苔のってても良い.

改札が始まったのでホームに上がる.
この宿毛に駅ができたのは1997年のこと.第3セクターの土佐くろしお鉄道が国鉄さえも見切りをつけた中村線を継承し,さらに予定線であった宿毛線までも建設したことで,宿毛にまで鉄道がやってきたという経緯だ.
いろいろな角度で事故のあった車止めのあたりの写真を撮る.止まっているのは1両編成のワンマン列車.乗車率は5割ほどで,中村へ向けて発車する.


宿毛駅ホーム

宿毛駅ホーム.駅舎に衝突の跡はいまはない.

宿毛線として1997年に開業した23.6kmをワンマン列車は30分で走破する.台風の影響で畑がところどころ水没しているのが見える.路線は高架が中心で危なげなく走ってくれている.終点の中村の直前で四万十川を渡った.日本一の清流と言われていても,私がみたそれは台風の影響で濁りまくったでっかい川でしかなかった.ことごとくついていないなあ….

中村では5分の連絡で特急「南風20号」へ乗り換え.
しかしその中村駅では反対側のホームの列車に移るだけだったにもかかわらず強い風と雨でびしょぬれになる.とても傘なんかさしていられない.そして悪いことに南風20号の乗車率は100%に近く,相席で通路側の席を確保するのがやっと.ここまでの疲れもあり,うとうとしながらの乗車で,車窓の印象がほとんど残っていない….


四万十川(列車の窓越しに撮影)中村駅

左:車窓からみた四万十川(具同-中村間)
右:中村駅(ものすごい雨だったので南風20号のデッキから撮影)

窪川で特急は下車して鈍行に乗り換えるという手はあったものの,あまりの雨のひどさにこのまま高知まで乗りとおすことに.高知着は14:55.このあたりで車窓を楽しめなかったのはとても残念だったなあ….
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2006年09月19日

【なつやすみ旅日記】ぐるっと四国ひとり旅(第2日・前編)

朝5時15分,宿をチェックアウト.
さいわいまだ雨は降っていなかった.

道後温泉本館は朝6時からの営業なので,さすがに人通りは皆無に近い.
道後温泉駅の前まで出てタクシーを拾い,JR松山駅まで.
この時間じゃ路面電車も動いていない.

今日は予定は予讃(よさん)線を使って宇和島まで行き,そこから予土(よど)線に乗り換え高知に入り,土讃(どさん)線で高知に至るというもの.予土線は「しまんとグリーンライン」の愛称がつけられている通り四万十川流域の山あいを走るローカル線で,日本で最初にトロッコ列車を走らせて観光客を呼んだ「清流しまんと号」がその一部区間を走っている.私は遠く北海道からその指定券を取って楽しみにしていたのだけれど….


当初の予定(2日目)
2日目の行動予定


松山駅の始発は5:50の普通列車.私は特急の走る内子(うちこ)経由ではなく海沿いを走る伊予長浜経由で行くつもりだけれどこの列車は内子経由.予定ではこれに乗らずその後の6:06発に間に合えばよいと思っていたものの,駅に早めに着いたのでこの始発に乗って内子経由の分岐点である向井原(むかいばら)駅まで乗ることにした.


松山駅キハ32-2車内
左:JR四国は駅の番号制を今年から実施.予讃線は松山までY00から順番に番号が振られているものの,ここより先は内子線を示すと思われるUに切り替わるためY55とU00の2つの番号が割り当てられている.
右:内子経由八幡浜行き625Dに使用されていたキハ32-2の車内.ロングシートだけのシンプルな車内.キハ32はJR四国だけの形式.


外はまだ薄暗いまま松山駅を出る.次の市坪(いちつぼ)は坊っちゃんスタジアムのそばにある.このあたりから雨が降り出す.松山から14.1km,22分で向井原に到着.
駅前にはコンビニもなく,駅の構内自体は単線のシンプルな作りだったため6分後に反対方向から来た普通列車で1駅戻る.隣の伊予市駅は特急も止まる駅.9分間の待ち合わせ時間のあいだに駅の外に出てみると,目の前にも駅が.目の前にあるにもかかわらず駅の名前は郡中港(ぐんちゅうこう)駅.伊予鉄道郡中線の終着駅で,この郡中港駅のほうが伊予市駅よりも歴史が長い.

伊予市駅6:30発723Dは宇和島まで各駅に止まっていく普通列車.こんどは2両編成であったものの,乗客は数人だった.先ほど立ち寄った向井原を過ぎると列車は海を見下ろす高さで海辺の山側を走っていく.
プランのなかには,景色がよく鉄道と海を題材にしたポスターのロケ地として知られる下灘(しもなだ)駅で下車し,存分に写真を撮って再び伊予市駅まで引き返し,特急いしづち1号を使って内子経由で宇和島へ,というパターンもあったのだけれど….その下灘のひとつ手前の伊予上灘(いよかみなだ)で上り列車待ち合わせのために停車して外に出てみたときにはものすごい雨になっておりました.
「このまま雨ひどくなっていったら,この先列車が遅れるかもしれない」
という漠然とした不安も手伝い,下灘駅での下車は諦めることに.

海岸沿いを走っていた予讃線も伊予長浜からは左に90度向きを変えて肱川(ひじかわ)に沿って内陸に入っていく.時間は通学の時間帯で,夏休み中だけれども部活動のある生徒が少なからずいて,車内に活気が出始めてきた.

向井原から分かれた内子経由の路線が再び一緒になるのは伊予大洲からだけれど,その一つ前の五郎(ごろう)駅は数奇な運命をたどっている.
もともと五郎は内子へ向かう内子線の分岐駅で,このときはまだ内子は松山方面からはつながっていなかった.しかし予讃線の短絡・高速化のために向井原-内子間が予讃線の支線として結ばれるのに伴って,松山方面からの列車が内子からやってくると,内子線は五郎を起点とするよりも伊予大洲を起点とした方が都合がよくなってしまった.もともと内子線と予讃線の分岐点は五郎駅ではなく伊予大洲との間にある信号場だったので,内子からきた列車は五郎に寄らずに伊予大洲に行くことはたやすかった.そこで内子線の五郎から隣駅の新谷(にいや)間は廃止されたために,短絡線で特急も走る路線の中に地方交通線である内子線が5.3kmだけ取り残されているという一見すると不思議な現象が起こっている.

伊予大洲には7:44に着き,6分停車.この間に内子経由で松山方面からやってきた普通列車が到着する.なので一見この6分の停車はその列車からの乗り継ぎ客を拾うために設定されているのではないかと考える.しかしこの列車もこの伊予大洲で23分間停車した後,終点の八幡浜まで行く.今私が乗っている列車は八幡浜より先の宇和島まで行くので伊予大洲から先が目的地の客はここで乗り換えなければならないように思えるのに,なんと宇和島行き列車はここ伊予大洲で23分も停車して油を売っているこの列車が追いついてくるのを八幡浜の駅で26分も停車して待ってから発車するのだ.つまり,私が今乗っている列車から降りて後からやってきた列車に「浮気」をしても,八幡浜駅でまた追いつくことができるということ.それならばやってみない手はない.さいわいなことに,伊予大洲では空は暗かったものの雨は一時的にやんでいた.


伊予大洲駅

伊予大洲(いよおおず)駅.屋根のカタチを見て「これじゃあ雪下ろし大変だなあ」と思ってしまうのが雪国の人間のサガ.
この辺じゃ屋根の雪下ろしなんてやらないわけで.


伊予大洲ではキオスクでパンとコーヒーの簡単な朝食を購入.次に乗った列車はキハ58系とキハ65系の2両編成.2両でシートの色が色違いになっているのがキレイだった.

8:32八幡浜(やわたはま)駅着.伊予大洲まで乗っていた普通列車に追いつく.しかし私は車内でスケジュールをたて直し,八幡浜駅前を見る時間を稼ぐためにこの8:35発の普通列車は見送り,8:57発の特急いしづち1号を待つことにした.せっかくの特急にも乗れるきっぷなので,ここらで特急にも乗りたくなってきた.


八幡浜駅1八幡浜駅2

八幡浜(やわたはま)駅.長年使用されていると思しき駅舎.天井が高い.

八幡浜駅のホームには「のりかえ 別府連絡」の文字が.八幡浜は九州との連絡口になっていて,海を挟んで大分県の別府と臼杵(うすき)へ船が出ている.ぜひとも一度は九州にこんな意表をつく形で上陸したいものだ….
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2006年09月09日

【なつやすみ旅日記】ぐるっと四国ひとり旅(第1日)

2006年8月17日15:30,全日空866便(エアーニッポン)は定刻どおり松山空港に到着.
それが私の四国への記念すべき第一歩となりました.

今年の夏休み,3泊4日で旅行できる時間ができたことと,今年いっぱいが使用期限のマイルをぜひとも旅行で消化したかったこともあり,7月も末になってから航空券を用意しました.
お盆期間は主要空港はマイル引き換えの対象となる便の設定がなく,地方でもその時点ではすでにほとんどの便でチケットはsold outだったものの,かろうじて8月20日の関西空港からの帰りの便があることを発見.
どうせ同じ15,000マイルなら思いっきり遠いところへいってやろうと考えていたので,新千歳から直行便の出ている鹿児島,福岡,広島,岡山…と見ていっても空席が無く,西日本では松山と高松への便に空席があることを発見.そこで3泊4日の松山-関空を結ぶ旅行プランを練ったのでした.

私は四国は初めてなので,四国のメジャーどころの観光もしないで鉄道にだけ乗っているのはおもしろくないと考え,テツ分は多少ひかえめなプランとなりました.あとは実行に移すだけ….
しかしながら大きな不安要素がありました.それは出発前から週間予報では旅行の期間中はことごとく雨雨マーク….しかも台風10号が接近しているという状況.
「まあ,雨なら列車に乗ってりゃいいもんな」と多少がっかりしていたもののこのときはまだ,この台風がこの旅行のプランをひっかきまわすことになるとは考えてもいないのでありました….

初めて乗ったボーイング737-500(スーパードルフィン)の形がかわいくて私ごのみ.座席は3席-3席の21列.しかし機内はお盆シーズンで観光客満載.隣の老夫婦の旦那はせっかく私が気に入ったこのスーパードルフィンに対して「ビデオ設備もオーディオもない」と不満げ.「これはそうとう古い飛行機だ」「こんなにいっぱい乗ってるんだからもう少しいい機材使ったらどうなんだ」「松山を田舎扱いしてる」….ツッコミどころ満載だったなあ.

さいわいなことに松山の天気は雨はまだ降ってなくて,くもり.
まずは伊予鉄バスの空港連絡線で松山市駅へ.
松山は四国で最初に鉄道が走った街で,国鉄よりも早く1888(明治21)年に伊予鉄道がこの松山市駅(当時は松山駅)から港のある三津までの軽便鉄道を敷いている.
その後1927(昭和2)年になって国鉄予讃線の「松山駅」ができて伊予鉄道は松山市駅へと改称.Wikipediaをみるとこのときはどちらが「松山駅」を名乗るか裁判にまでなって国が勝ったらしいけど,それまで40年近くも親しまれてきた駅名を取り上げちゃうとは,なんとも横暴な感じが.今なら「JR松山駅」にするんだろうなあ.こんなふうに街の中に「○○駅」と「○○市駅」があるのはいくつかあって,県庁所在地ではこの松山(愛媛県)と和歌山の2つ.この2つの街ではどちらでも「市駅」という愛称が使われている模様.

で,この路面電車の走る路線は昔は小さな蒸気機関車が走っていて,夏目漱石の『坊っちゃん』でも「マッチ箱のような汽車」と描かれております.それにちなんで松山では2001年から『坊っちゃん列車』を復活させて松山市駅-道後温泉駅間などを走らせています.ただし市街を走るためSLでは煤煙による影響が大きいことから動力はディーゼルとなっています.



松山 坊っちゃん列車


明日の早朝には松山を発つ予定のため,伊予鉄はほとんど堪能できず残念…,それでも松山市駅から一駅「大手町駅」まで乗車.この駅のそばには現在日本に3箇所しかない鉄道どうしの直角平面交差が.



松山 鉄道と路面電車の平面交差


線路同士が交差するところのレール(クロッシングレール)は高速で通過することができないため,路面電車どうしならともかく一般の鉄道ではかなり稀な存在.

その後,松山駅で明日から使う「四国フリーきっぷ」(3日間JR四国,JR四国バスなどに乗り放題.特急自由席も可)を買い,駅のうどん屋でじゃこ天入りのうどんを食べる.じゃこ天といえば「ワッキーの地名しりとり」の「じゃこ天おばちゃん」.VTR手元になくてわかんないけど,駅のじゃこ天屋とつながってたから,きっとここのことだったんじゃないかと.こちらではじゃこ天はコンビニにも置いてあるほどポピュラーな食べ物みたい.

そして路面電車で本日の宿泊地・道後温泉へ.路面電車に投句用紙と投句箱が備え付けてあるところはさすが正岡子規を輩出した街だけある.高校生を対象とした俳句甲子園をやるだけのことはある.毎年開催されるのは8月19日の「俳句の日」前後とのことで,今年が第9回の選手権大会.この後通ったショッピングモールにも小学生の俳句が掲げられており,この街で子供時代を過ごしていたらいったい何句くらい詠まされるのだろうか.

ところで松山に着いてから気になっていたのだけれど,青地に行き先と距離とかが書いてある道路標識ってどこでも同じかと思いきや,どうもこのあたりの看板は外側が白線で縁取ってあって四隅が丸くなっている.みなさんのお住まいのところはどうですか?



白線で縁取りが… (右下は路面電車用の信号)


本日の宿は道後温泉にほど近い旅館.ビジネスホテルと違って部屋を涼しくして待っていてくれるあたりがうれしい.さっそく道後温泉に行く.まずは周囲の散策.そばにある湯神社のある丘から道後温泉をカメラに収める.休憩室とか茶菓子のつかないスタンダードな「神の湯・階下」へ.中はトラディショナルな公衆浴場の雰囲気で,浴槽はやや深め,天井が高く気持ちがいい.道後温泉は神代の昔から伝わる古い温泉ではあるけれど,これだけの公衆浴場を明治27年に作って,しかも現在に至るまで使用しているということにただただ感嘆.



左:道後温泉本館 正面
右:道後温泉本館 斜め後ろから.背後には温泉街.


正面入り口のところに箱を持った小学生がいて,「どこから来たか教えてください」と道行く観光客に声をかけていた.つまようじを「四国」「近畿」「九州」などブロック分けしたところに入れてもらうという趣向のようで,どうやら夏休みの自由研究のようだ.私はよろこんで協力したけれど,「北海道」は「東北」とセットで1箇所になっていたのがちと不満….
そういや私も小学生の頃,夏休みの自由研究で家の前の国道へ出てってひとり交通量調査やったことあるなあ.1週間は連続で同じ時間やってたっけ….

道後温泉駅から温泉街まではみやげ物屋になっていてそこをぶらついて「いよかんソフト」を食べたり,ポンジュースを飲んだりして愛媛の気分を味わう.まだ時間があったので電車で街のほうまで出て,松山の伝統のお菓子「労研饅頭(ろうけんまんとう)」を閉店前に何とか入手.1個84円.素朴な味わい.



松山の味 労研饅頭(ろうけんまんとう)うずら豆 1個84円


それにしても北海道から来ると四国は暑い暑い.まあ,ひょっとして暑いかもと思ってハンカチを2枚持ってきていたのがせめてもの救いだったかも….

結局夜まで雨は降らず.私は旅館のフロントに明日の朝の出発が早いことを告げておき,明日に備えて早めに就寝.その夜の未明,台風10号は九州に上陸していたそうで….
posted by Kammy+ at 18:27| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 趣味談義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月17日

九州をふらり

九州って北海道生まれ北海道育ちの私にとってはほとんど未知の地なので,今回は時間の許す限り鉄道に触れてきました.
それを少しだけ紹介したいと思います.

・博多駅
21時頃からホームを探索.見れる特急が数多くて得した気分.
 L特急「リレーつばめ」(新八代で九州新幹線に接続)
 L特急「有明」(鹿児島本線)
 L特急「かもめ」(長崎行)
 L特急「みどり」(佐世保行)
 L特急「ソニック」(日豊本線方面)
といった本数の多い特急のほかに,この時間だと
 特急「きらめき」(門司港行)
 特急「かいおう」(直方[のうがた]行)
といった朝夕にしか走らない特急にも出会えるのでラッキー.
さらには
 特急「ドリームにちりん」(宮崎空港行)
 寝台特急「なは」「あかつき」併結(京都行)
も見れるんだから見ていて飽きない.というか忙しいくらいだ.
「リレーつばめ」の黒い車体は北海道の車両には無い重厚なカッコ良さがあるし,そのほかの車両も濃い色使いや大きめのガラス窓を使ってたりで魅力的なのが多いと思う.

・博多駅新幹線ホームと博多南線
博多までの新幹線は山陽新幹線なのでJR西日本の管轄.
そして博多南線というのは新幹線の車両基地までの線路を利用した路線で,途中駅は無く,主に「こだま」号の車両を使った旅客輸送をしている変わった特徴を持っている.そのためマニアからは「290円(乗車券190円,特急券100円)で新幹線に乗れる」ことで有名.
で,それに乗ってみる.完全に通勤・通学のための路線で,空いている車内では女生徒が漫画を読んでいたり.博多南駅に着くも,あいにく夜で何もすることがなく,トンボがえり.
帰りに乗った車両は博多からは「こだま770号」になるとのこと.面白いのは行き先で,こだま770号の終着駅は新下関.新下関を終着とする新幹線はこのこだま770号ただ1本だけ.
新下関行こだま770号


・志賀島[しかのしま]と海の中道線
JR香椎[かしい]線の香椎-西戸崎[さいとざき]間は海の中道線という別名があるとおり,志賀島との間にできた陸繋砂洲「海の中道」を走る珍しい路線.
でも,同じ路線を行って帰ってくるだけではつまらないと思ったので,行きは博多埠頭から市営渡船で渡ることに.志賀島は「漢委奴国王」(かんのわのなのこくおう)の金印発掘で知られる島だけあって,渡船の名前は「きんいん」.30数分で志賀島に上陸.砂浜には涼を求めてたくさんの若者が海水浴に来ておりました.そんななか,まったくもって砂浜に似合わない恰好でカメラを構える私.
志賀島の夕景

そこからは運よく西鉄バスが西戸崎駅まで連絡してたので乗車.海の中道海浜公園は大きなコンサートなども行われる場所らしく,イベント時には多くの利用客があるようだ.時間の都合上,香椎まで乗って博多に引き返した.

・筑豊本線(原田[はるだ]線)
JR筑豊本線(若松-原田)は「本線」と名乗るJRの路線では66.1kmと一番営業距離が短いにもかかわらず,区間ごとに3つの愛称(若松線,福北ゆたか線,原田線)を持つ異色の路線だ.
そのなかでも福北ゆたか線は博多とも直通し本数もおおいけれども,原田線は下り7本,上り6本しか運転されない結構なローカル区間.
本数も多く編成も長い鹿児島本線の列車から隠れるように,駅舎の脇の短い0番ホームに佇むキハ40に萌え.
原田駅0番ホームにて
車内はガラガラだったが,下校と中途思われる小学生数人がはしゃぎまわっているせいで寂しい感じはしなかった.最初の筑前山家(ちくぜんやまえ)を過ぎると次の筑前内野までの10.2kmは峠越えとなる.線路は盛り土されて一段高くなったところにあるので見晴らしがいい.
筑前山家-筑前内野間
おなじ田園風景でも,北海道とは田圃の形がちがう.そんなことに感じ入りながら長いトンネルを抜けると,窓ガラスがくもって外が見えなくなってしまった.ひんやりしたトンネルを抜けてきて,外が蒸し暑くてくもったのだろう.この蒸し暑さは私にはつらい.キハ40であってもキチンとクーラーは装備されていて本当に良かった.北海道のキハ40は冷房未装備だものなあ….列車はかなりの山奥を越えて,徐々に下っていく.かつては桂川[けいせん]までのそれぞれの駅に行き違い用のホームがあったものの,今では原田-桂川間は上下列車の交換はできないようだ.もっとも,ダイヤがそれを必要としないのだろう.原田線の終点,桂川まで乗って,引き返す.

・甘木鉄道甘木[あまぎ]線
昭和61年に国鉄甘木線から第三セクターとして発足.主に福岡県南部を走る13.7kmの路線.JR鹿児島本線との連絡している起点の基山[きやま]駅は佐賀県にある.赤字線だったものの,経営努力により黒字路線化した全国でも珍しい第三セクター路線とのこと.まあ,西鉄にもJRにも接続して福岡や久留米に近いという好条件にも恵まれていたのだろうけど….列車は「レールバス」を名乗っているけれど,整理券によるワンマン運転スタイルは今となっては地方のワンマン気動車となんら変わらない方式だよなあ.
これに乗るために,行きは西鉄甘木線に乗車.ラッシュ時にあたってしまいほとんど立ちっぱなし.終着の西鉄甘木駅から100mほどのところに甘木鉄道甘木駅があった.
で,そこにたどり着くまで知らなかったんだけれど,甘木鉄道はつい10日ほど前の大雨で川にかかる橋梁が危険な状態になったらしく,一部区間不通でバス代行輸送を行っているとのこと.そのため列車は減便され臨時ダイヤで走っているとのこと.そういうことであればもっと明るい時間に来れればよかったとちょっと残念に思う.途中の松崎駅で降ろされ,駅前に待機している小型のバスに乗り込む.バスは国道500号線を走り,隣の大板井まで数分で到達.そこで降りて高架になっているホームに上がると,基山からの列車が乗客を降ろしているところだった.今乗ってきたバスは,今度はこの乗客をのせて松崎へ戻るのだろう.慌しくしてたのと暗いせいで写真がとれなかったけれど,二度とない経験をしたように思う.

・地下鉄七隈線
2005年に開通したばかりの福岡市交通局の七隈線(3号線)もちょっと様子をみることに成功.
一目みて感じたのはとにかく車両が小さい!これは不満とか文句じゃなくて「かわいらしい!」って感じ.車で言ったら,軽自動車みたいな感じ.車内はロングシートに向かい合わせになると距離の近さにとまどうかもしれないけれど,運転台がドアやガラスで仕切られていない設計には好感がもてる.
七隈線の車両

こうやって書き出すと短い時間を利用して結構がんばったなあ….
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2006年07月02日

駅めぐりの魅力

私の鉄道の楽しみ方のひとつに駅めぐりがある.

交通網が発達している都会の駅にも田舎の駅にも,それぞれのドラマが感じられるのが,駅めぐりの魅力かもしれない.

まわりに人家がほとんどないようなところなのに,立派なホームを持っている.だけど普通列車しか走っていなくてその列車も1両かせいぜい2両編成.
そんな駅というのはかつては峠越えのために蒸気機関車が停車した駅だったりする.
塩狩駅(宗谷本線)
塩狩駅(宗谷本線)

駅前や駅裏に年季の入ったレンガ造りの農協の倉庫があれば,かつてはこの駅から米や農作物が輸送されていたことがしのばれる.そんな駅には今は使用されずに草が生い茂って眠っているホームの跡があったりする.古い駅舎のままだったりすると,切符の窓口のほかにチッキと呼ばれていた鉄道小荷物(昔はドアtoドアの宅配便はなかった)の引き受け・引渡しの窓口が残っていたりもする….
下徳富駅(学園都市線[札沼線])
下徳富(しもとっぷ)駅(学園都市線[札沼線])

仮乗降所として簡素で短いホームをつけただけの駅は,かつては正式な駅とはみなされなかったために全国版の時刻表には掲載されていなかったし,隣駅の表示板からも無視されるような存在.JR移行の際にすべて正式な駅に昇格したものの,最近は利用客が誰も居なくなって廃止されるケースも少なくなかったりする.
朱文別駅(留萌本線)
朱文別駅(留萌本線)

かつては別の路線が乗り入れる駅だったものの,廃線になったことで構内ががらんとしている駅もある.そんな駅をみながら当時の様子を思い描くのも楽しい.

鉄道ファンのなかには駅めぐりは列車を使わなければ邪道というひとも多いけれど,私はそうは思わない.
それぞれの駅が地域でどのような存在なのかを知るには1日に数本しかない列車で訪れるだけでは不便だし,なにより駅中心にしかその地域を知ることができない.まずは列車でよさそうな駅に目星をつけておき,そのあと車で周辺地域も含めて味わいに行くのがいいように思う.

そして,特にマニアというのは「全駅制覇」の類にこだわってしまいがちだけれど,私の場合はそういう目標を立ててしまうと息苦しくなってしまうので気ままにやることにしている.鉄道はかつての使命を終えてどんどん衰退していく運命だろうけど,今後もそれをあたたかいまなざしで見届けていければと思っている.
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2006年05月01日

東京・横浜に遊びに行きました(後編)

2日目は友人と別れて朝から単独行動.
スタートは08:00,東京都立川市のJR立川駅.
今回主に利用するのは首都圏近郊のJRが1日乗り降り自由な「ホリデー・パス」2,300円.途中下車し放題なのがありがたい切符です.平日に東京を訪れることが多くていままで使ったことなかったけれど,なかなかの使い心地.

立川からは青梅線の電車(青梅行)で移動.
0803 立川(たちかわ) → 拝島(はいじま) 0816
距離はこの間6.9km.この駅は昭島市と福生市の市境に位置する駅で,青梅線と八高線がクロスし,さらに五日市線の起点でもあってJRだけで5方向にのびる駅.青梅線で終点の奥多摩まで行くと時間がなくなりそうだったので,今回は五日市線を制覇することに.細かい予定は立てていなかったものの,幸いにもこの次にやってきた青梅線の電車が新宿からのホリデー快速で,ここ拝島で前6両が「ホリデー快速おくたま号」,後ろ4両が「ホリデー快速あきかわ号」に分離された.後ろの車両に乗って,いざ五日市線へ.

0828 拝島 → 武蔵五日市(むさしいつかいち) 0849
距離は11.1km.電車が走り出すとまもなく車窓からはのどかな住宅と畑の入り混じった「東京らしくない」のなかを走り,終点の武蔵五日市に近づくにつれ畑は森に変わってゆく.武蔵五日市はあきる野市にあります.
ここで降りた人は山登りの恰好をしている中高年の方が多く,その方々は駅前の西東京バスののりばからさらに山奥へと旅立ってゆかれました.私はその駅前の「何もなさ」をじっくり味わってからホームに戻り,戻ることに.

武蔵五日市

0922 武蔵五日市 → 拝島 0941
拝島に戻ってくると今度は東京で唯一の「地方交通線」である八高線(八王子と高崎を結ぶ)で北上.
0945 拝島 → 高麗川(こまがわ)1012
この間は21.2km.この間に線路は東京から埼玉へ.高麗川は埼玉県日高市.この駅は八高線と川越線(大宮-高麗川)の分岐駅であるものの,列車の運行形態としては川越線から八高線の南側を直通する列車はあるものの,八高線でここから北へ行く列車はすべてこの駅が始発になっている(ここから北は非電化区間)ので,折り紙の「だまし船」のような関係(このたとえじゃわかりにくいか…)に見える.

乗ってきた電車は高麗川止まりなので,改めて川越行の電車に乗り継ぐ.
1024 高麗川 → 川越(かわごえ)1051
この間は14.5km.思っていたよりもずっと田園風景が広がっていることが意外だったものの,その景色は北海道のそれとはまた味わいが異なっていて面白い(北海道はトタン屋根しかないこととか).
この路線は単線なので,途中上下線のすれ違いのために的場(まとば)という駅で5分の停車.なかなか古い駅舎で味わい深いけれど,きちんと電光表示板はついておりました.

お次は川越始発の埼京線りんかい線直通列車にすぐに飛び乗って…と思ったけれど朝から何も食べてなかったので立ち食いそばをかき込む.そうこうしてたら1056の電車に間に合わず,次の1115に乗ることに.
駅前に出て知ったけれど,このあたりは「小江戸」と呼ばれ今でも古い建物の残る地域.やっぱり北海道に住んでると北関東のことは知らないこと多いもんだ.

1115 川越 → 武蔵浦和(むさしうらわ)1142
この間23.5km.川越線と埼京線と乗ってきて,今度は武蔵野線に乗り換えるために武蔵浦和で下車.埼京線と武蔵野線はクロスする位置関係にあるため,武蔵野線から埼京線のホームを見上げる感じになる.ところでこの武蔵浦和,駅名で旧国名を関して他方の駅と区別することはよくある(静岡県の清水と北海道の十勝清水など)けれど,武蔵浦和の場合は旧国名のつかない「浦和」は目と鼻の先にあり,この場合の呼び分けは「武蔵野線の浦和駅」という意味合いでつけたものと思われ,特殊なケースと思われる.この駅は埼京線完成時に武蔵野線との乗換駅として昭和60年にできた比較的新しい駅.

1152 武蔵浦和 → 南流山(みなみながれやま)1219頃
この間25.6km.初めての路線で景色をしっかり見るべきだったけれど,昨日の疲れがでてうとうとしてしまう.南流山は千葉県流山市.この駅は今日の主目的のひとつである「つくばエクスプレス(TX)」の乗換駅.
つくばエクスプレスの駅は地下鉄みたく番号が付されていて,起点の01秋葉原から20つくばまであるけれど,ちょうど真ん中あたりの10番が当てられている.秋葉原からの距離は22.1km,運賃は550円.地下に下り,ここではホリデー・パスが使えないのできっぷを買い,ホーム階に下りる.真新しい感じがいい.まもなく6両編成の列車が到着し,先頭車両に乗車.

南流山 → 秋葉原
先頭車両は窓も開いていて景色がすごくいいんだけれど,あいにく鉄道マニアと思われる中年のおじさんがかぶりついていた.しかし同好のものとして少々おせっかいかもしれないが言わせて貰うと,中年太りで短髪で,キャップ(野球帽)にリュックにウインドブレーカーという恰好は周囲に決していい印象を与えないわけで.こういうかぶりつきはただでさえ目立つ行為なのだから,スーツにネクタイ,とは言わないまでもさわやかなスタイルで臨んでいただきたいものだ….

秋葉原
秋葉原には高校の修学旅行以来10年ぶりだったので,まずその近代的な変化に驚く.秋葉原の新名所ヨドバシカメラAkibaを駆け足で眺めて,レストラン階の回転すし屋で遅い昼食.桜海老の軍艦巻きは初めて食べたなあ.本州の回転すしはおいしくないと言われているけど,それも昔のことになりつつあるのかもしれない.
日曜日ということもあって歩行者天国は(北海道人からみれば)ものすごい人出.特にグラビアアイドルらしき集団が水着で撮影をやっていたり,メイド姿の女性がメイド喫茶のビラ配りしていたり,アイドルグループが街頭コンサートやってたりとお祭り状態.

秋葉原

この街の「主役が年端もいかない女の子で,それを支えるのは多数の活きの悪い目をしたさまざまな年代の男」という構図を目の当たりにしていやな気分になったものの,誰を責めるべきかは私には思いつかなかった.ただ,やっぱり自分は女の子には自分で汗水たらして努力して,ナマのコミュニケーションをしないといけないな,と思ってみたり.私はときどきこのブログで消費に踊らされる若い女性などをまるで他人事のように上から見ていたかもしれないけれど,私自身が「若くてピチピチの女性」という商品のプロモーションに無意識に洗脳されてることについては普段は忘れがちだってことに気づかされるわけで.いろんな意味できてよかったと思える体験だった.メイドさんから数枚のビラももらったし(笑)

そんなふうに秋葉原観察に時間を割いていて,最後にふっと万世橋方面に目を向けると「交通博物館」の文字が….そこで私のなかで忘れられてた記憶が思い出されて思わず口について出た.
「やばっ,交通博物館閉館するんだった!」
気づいたときには既に遅く,帰りの飛行機の時間が迫っていて中を見る時間はない.交通博物館は今年5月14日をもって修了し,その展示品の中の鉄道関係のものは2007年の秋にさいたま市にできる鉄道博物館に移るという話をどこかで小耳に挟んでいたんだった.
入り口に展示されている0系ひかりの先頭車にも「さようなら 交通博物館」の文字が….仕方ない,鉄道博物館ができたらいくことにしよう….

そして秋葉原から浜松町まで京浜東北線の電車に乗り,そこからはホリデー・パスで乗れる東京モノレールを使って羽田空港へ向かったのでした.
posted by Kammy+ at 01:27| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 趣味談義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月24日

東京・横浜に遊びに行きました(前編)

関東に住んでる友人が大塚愛の横浜アリーナのコンサートのチケットをくれるというので,ちょうど春めいたいい時期だろうということで快諾して旅行の手配をしたのが1ヶ月前.今回は旅割で安い飛行機チケットが手に入ったので,行きは前からやってみたかった「鉄路で関東へ」を実現に移すことに.

行きに札幌から上野行きの寝台特急に乗ろうとすると19:27の北斗星4号には乗らないといけないので平日はきちんと仕事したいこともあり今回は見送り,22:00に札幌から青森へ向かう夜行の急行列車である「はまなす」に乗車.寝台車にはせずに指定席券だけで座れるドリームカーというリクライニングのよくきく座席.
途中日付の変わるまでは起きていて,気づいたら函館に着く直前.函館着は夜中の2:42.函館では進行方向が変わり,いままで9両の車両を牽引してたディーゼル機関車から,青函トンネル用の電気機関車に付け替える様子を見学.函館発は3:00.

blog008.jpg

その後はうとうとしながら青函トンネルに入ったのまでは覚えていて,気づくともう本州に入っていた.本州に入ったらさぞかしあったかくなっているだろうと思っていたけれど,残雪があるあたり北海道とさして変わらない印象を受けた.

急行はまなすの終点,青森着は5:35という早朝.それでも多くの乗客を降ろし賑わうホーム.ここからさらに旅を続けるものにとってはすぐに乗り換えがあり,私も5:52発の八戸行きの特急つがる2号に乗り換える.八戸からは東北新幹線で一気に東京まで南下する超特急ルートをとる.

特急つがる2号に乗っていて森の木の構成が北海道と異なることに本州に来たことを実感しつつ,6:48に八戸に到着.次に乗る新幹線はやて2号は6:55発車なので混雑するなか急いで乗り換え.普段,乗車券と在来線の特急券と新幹線特急指定券の3枚を自動改札に通すことなんてしてないのでちょっと戸惑う.10両編成のすべてが指定席のはやて2号はほぼ定刻どおり発車.

次の盛岡では6分停車して秋田新幹線のこまち2号を連結するはずだったのが強風のための遅れで発車時間が遅れるとのアナウンス.それではと盛岡ではホームに出て写真を撮っていたらこまち2号の遅れが拡大したらしく,連結走行を取りやめ定刻どおり発車することに変更になりました.

次の停車駅仙台の市街に入って,私のこの春最初の桜並木を目撃.

blog009.jpg

仙台発は8:15,ここで大量に客が乗ってきた.はやて2号はその後上野にすら止まらずに東京駅まで1時間36分疾走する.福島あたりでは菜の花が黄色く咲いているのをみかけてさらに春を感じつつ,昨晩からの眠さもあってうとうと.気づくと宇都宮を過ぎていて,木々にも緑の葉がさわやかに目立ってきていた.

9:51東京駅21番ホームに着くと,今度はJR東海の東海道新幹線のホームへ.10:13東京駅18番ホームより発車する博多行き新幹線のぞみ19号に乗り換えへ.それを使って新横浜まで行き,10:32.そこからは横浜線の電車にスムーズに乗り換えることができて,友人との11:00の待ち合わせ時刻に間に合うことができた.

横浜アリーナの開場までは横濱カレーミュージアムで食事をし,中華街で豚まんをほおばり,新横浜ラーメン記念館で新たな店に足を踏み入れた.食べてばっかりだな….

大塚愛のコンサートの感想や詳細は専門のページを見てください.私は大塚愛のアルバムは3枚持っていて『さくらんぼ』のようなはじけた感じの曲が特に好きですが,むしろ今回のコンサートではバラードに聞かせるものが多く,カップルで鑑賞するといい感じだろうと思いました.

帰りはJRと私鉄を乗り継いで友人の家で雑魚寝.
翌日の行動については後編に.
posted by Kammy+ at 23:34| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 趣味談義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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