2005年10月31日

「良い研究」と理系スピリット

この1週間,わたくし初の海外旅行兼国際学会に米国へ出かけていましたよ.

学会行って良い研究を見て思うのは,みんなが興味をもって賞賛する研究というのは,ものの仕組みを誰の目にも明らかなように解体したものだということだ.そういう研究というのは,その結果自体が人類の役に立たなくても,その解法に新しさがあればそれは大きな功績となる.自分に課した問いに対するパズルの解き方が,同時に他の研究者の問いに答えるためのヒントになりうるからだ.したがって学者同士では「何を研究したか」よりも「どのように研究したか」により大きな関心が寄せられることとなる.いくら人類にとって大切なことでも,それを金とマンパワーにまかせて力技で解くことを,研究者は研究とは呼ばない.「それはscienceではなくてindustryだよ.」と皮肉るのだ.

小さい頃,僕は時計をよく解体した.そのときの気持ちなど覚えていないけれど,おそらくは「どうやってこの機械は正しく時を刻み,それを表示することができるのか」ということが不思議で,自分でそれを理解したいという欲求に突き動かされての行動だったのだろうと思う.
小さい頃は冒険も好きだった.少しでも遠くへ行きたくて自転車を走らせ,親が聞いて心配するようなところまで出かけた.それも,もっと遠くまで知りたいという欲求からだったと思う.
今,鉄道や交通などが好きなのも,たとえば「この路線はなぜできたのか,なぜ今赤字なのか」「なぜこの駅には1番ホームがないのか」とか,そういう好奇心が次から次へと湧いてきて,それを自分の言葉で説明できるようになることに無上の喜びを感じるからだ.

しかし僕の場合,そういう好奇心が湧くのは自然現象や比較的パブリックなものばかりで,個々の人間に対してはまったく興味がわかなかった.おそらくこれが世に言う「理系スピリット」なのかも知れない.計算ができるとか理詰めとか,そんなのは後天的に身についた能力なのかもしれない.そもそも何に対して興味を持つかの時点で,違っているのではないか.もののしくみをみて「どうして?」と考える.それを解決するには理詰めの思考方法が適していることを,自身の経験として身につけているのだろう.

自分自身のポスター発表では,自分の研究の弱点と今後の課題が浮き彫りになった.今の研究は今年度で区切りをつけることになるけれど,次のピリオドではもっとよいものに仕上げられるよう切磋琢磨しなければと思った.
posted by Kammy+ at 19:16| 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | Kammy+の日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「時計解体経験」、「ラジオ組み立て経験」、「好奇心が湧くのは自然現象や比較的パブリックなものばかりで,個々の人間に対してはまったく興味がわかない」・・・血中理系濃度の高い人の王道パターン。いや、もうそのまま突っ走ってください。世の中、そういう人も必要なんです。ほんと。
Posted by まりねこ at 2005年11月03日 00:29
つまり適性にあった方向に進んだっていうことでいいんでないでしょうか?
Posted by at 2005年11月03日 12:59
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