2006年05月01日

東京・横浜に遊びに行きました(後編)

2日目は友人と別れて朝から単独行動.
スタートは08:00,東京都立川市のJR立川駅.
今回主に利用するのは首都圏近郊のJRが1日乗り降り自由な「ホリデー・パス」2,300円.途中下車し放題なのがありがたい切符です.平日に東京を訪れることが多くていままで使ったことなかったけれど,なかなかの使い心地.

立川からは青梅線の電車(青梅行)で移動.
0803 立川(たちかわ) → 拝島(はいじま) 0816
距離はこの間6.9km.この駅は昭島市と福生市の市境に位置する駅で,青梅線と八高線がクロスし,さらに五日市線の起点でもあってJRだけで5方向にのびる駅.青梅線で終点の奥多摩まで行くと時間がなくなりそうだったので,今回は五日市線を制覇することに.細かい予定は立てていなかったものの,幸いにもこの次にやってきた青梅線の電車が新宿からのホリデー快速で,ここ拝島で前6両が「ホリデー快速おくたま号」,後ろ4両が「ホリデー快速あきかわ号」に分離された.後ろの車両に乗って,いざ五日市線へ.

0828 拝島 → 武蔵五日市(むさしいつかいち) 0849
距離は11.1km.電車が走り出すとまもなく車窓からはのどかな住宅と畑の入り混じった「東京らしくない」のなかを走り,終点の武蔵五日市に近づくにつれ畑は森に変わってゆく.武蔵五日市はあきる野市にあります.
ここで降りた人は山登りの恰好をしている中高年の方が多く,その方々は駅前の西東京バスののりばからさらに山奥へと旅立ってゆかれました.私はその駅前の「何もなさ」をじっくり味わってからホームに戻り,戻ることに.

武蔵五日市

0922 武蔵五日市 → 拝島 0941
拝島に戻ってくると今度は東京で唯一の「地方交通線」である八高線(八王子と高崎を結ぶ)で北上.
0945 拝島 → 高麗川(こまがわ)1012
この間は21.2km.この間に線路は東京から埼玉へ.高麗川は埼玉県日高市.この駅は八高線と川越線(大宮-高麗川)の分岐駅であるものの,列車の運行形態としては川越線から八高線の南側を直通する列車はあるものの,八高線でここから北へ行く列車はすべてこの駅が始発になっている(ここから北は非電化区間)ので,折り紙の「だまし船」のような関係(このたとえじゃわかりにくいか…)に見える.

乗ってきた電車は高麗川止まりなので,改めて川越行の電車に乗り継ぐ.
1024 高麗川 → 川越(かわごえ)1051
この間は14.5km.思っていたよりもずっと田園風景が広がっていることが意外だったものの,その景色は北海道のそれとはまた味わいが異なっていて面白い(北海道はトタン屋根しかないこととか).
この路線は単線なので,途中上下線のすれ違いのために的場(まとば)という駅で5分の停車.なかなか古い駅舎で味わい深いけれど,きちんと電光表示板はついておりました.

お次は川越始発の埼京線りんかい線直通列車にすぐに飛び乗って…と思ったけれど朝から何も食べてなかったので立ち食いそばをかき込む.そうこうしてたら1056の電車に間に合わず,次の1115に乗ることに.
駅前に出て知ったけれど,このあたりは「小江戸」と呼ばれ今でも古い建物の残る地域.やっぱり北海道に住んでると北関東のことは知らないこと多いもんだ.

1115 川越 → 武蔵浦和(むさしうらわ)1142
この間23.5km.川越線と埼京線と乗ってきて,今度は武蔵野線に乗り換えるために武蔵浦和で下車.埼京線と武蔵野線はクロスする位置関係にあるため,武蔵野線から埼京線のホームを見上げる感じになる.ところでこの武蔵浦和,駅名で旧国名を関して他方の駅と区別することはよくある(静岡県の清水と北海道の十勝清水など)けれど,武蔵浦和の場合は旧国名のつかない「浦和」は目と鼻の先にあり,この場合の呼び分けは「武蔵野線の浦和駅」という意味合いでつけたものと思われ,特殊なケースと思われる.この駅は埼京線完成時に武蔵野線との乗換駅として昭和60年にできた比較的新しい駅.

1152 武蔵浦和 → 南流山(みなみながれやま)1219頃
この間25.6km.初めての路線で景色をしっかり見るべきだったけれど,昨日の疲れがでてうとうとしてしまう.南流山は千葉県流山市.この駅は今日の主目的のひとつである「つくばエクスプレス(TX)」の乗換駅.
つくばエクスプレスの駅は地下鉄みたく番号が付されていて,起点の01秋葉原から20つくばまであるけれど,ちょうど真ん中あたりの10番が当てられている.秋葉原からの距離は22.1km,運賃は550円.地下に下り,ここではホリデー・パスが使えないのできっぷを買い,ホーム階に下りる.真新しい感じがいい.まもなく6両編成の列車が到着し,先頭車両に乗車.

南流山 → 秋葉原
先頭車両は窓も開いていて景色がすごくいいんだけれど,あいにく鉄道マニアと思われる中年のおじさんがかぶりついていた.しかし同好のものとして少々おせっかいかもしれないが言わせて貰うと,中年太りで短髪で,キャップ(野球帽)にリュックにウインドブレーカーという恰好は周囲に決していい印象を与えないわけで.こういうかぶりつきはただでさえ目立つ行為なのだから,スーツにネクタイ,とは言わないまでもさわやかなスタイルで臨んでいただきたいものだ….

秋葉原
秋葉原には高校の修学旅行以来10年ぶりだったので,まずその近代的な変化に驚く.秋葉原の新名所ヨドバシカメラAkibaを駆け足で眺めて,レストラン階の回転すし屋で遅い昼食.桜海老の軍艦巻きは初めて食べたなあ.本州の回転すしはおいしくないと言われているけど,それも昔のことになりつつあるのかもしれない.
日曜日ということもあって歩行者天国は(北海道人からみれば)ものすごい人出.特にグラビアアイドルらしき集団が水着で撮影をやっていたり,メイド姿の女性がメイド喫茶のビラ配りしていたり,アイドルグループが街頭コンサートやってたりとお祭り状態.

秋葉原

この街の「主役が年端もいかない女の子で,それを支えるのは多数の活きの悪い目をしたさまざまな年代の男」という構図を目の当たりにしていやな気分になったものの,誰を責めるべきかは私には思いつかなかった.ただ,やっぱり自分は女の子には自分で汗水たらして努力して,ナマのコミュニケーションをしないといけないな,と思ってみたり.私はときどきこのブログで消費に踊らされる若い女性などをまるで他人事のように上から見ていたかもしれないけれど,私自身が「若くてピチピチの女性」という商品のプロモーションに無意識に洗脳されてることについては普段は忘れがちだってことに気づかされるわけで.いろんな意味できてよかったと思える体験だった.メイドさんから数枚のビラももらったし(笑)

そんなふうに秋葉原観察に時間を割いていて,最後にふっと万世橋方面に目を向けると「交通博物館」の文字が….そこで私のなかで忘れられてた記憶が思い出されて思わず口について出た.
「やばっ,交通博物館閉館するんだった!」
気づいたときには既に遅く,帰りの飛行機の時間が迫っていて中を見る時間はない.交通博物館は今年5月14日をもって修了し,その展示品の中の鉄道関係のものは2007年の秋にさいたま市にできる鉄道博物館に移るという話をどこかで小耳に挟んでいたんだった.
入り口に展示されている0系ひかりの先頭車にも「さようなら 交通博物館」の文字が….仕方ない,鉄道博物館ができたらいくことにしよう….

そして秋葉原から浜松町まで京浜東北線の電車に乗り,そこからはホリデー・パスで乗れる東京モノレールを使って羽田空港へ向かったのでした.
posted by Kammy+ at 01:27| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 趣味談義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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