2006年09月19日

【なつやすみ旅日記】ぐるっと四国ひとり旅(第2日・前編)

朝5時15分,宿をチェックアウト.
さいわいまだ雨は降っていなかった.

道後温泉本館は朝6時からの営業なので,さすがに人通りは皆無に近い.
道後温泉駅の前まで出てタクシーを拾い,JR松山駅まで.
この時間じゃ路面電車も動いていない.

今日は予定は予讃(よさん)線を使って宇和島まで行き,そこから予土(よど)線に乗り換え高知に入り,土讃(どさん)線で高知に至るというもの.予土線は「しまんとグリーンライン」の愛称がつけられている通り四万十川流域の山あいを走るローカル線で,日本で最初にトロッコ列車を走らせて観光客を呼んだ「清流しまんと号」がその一部区間を走っている.私は遠く北海道からその指定券を取って楽しみにしていたのだけれど….


当初の予定(2日目)
2日目の行動予定


松山駅の始発は5:50の普通列車.私は特急の走る内子(うちこ)経由ではなく海沿いを走る伊予長浜経由で行くつもりだけれどこの列車は内子経由.予定ではこれに乗らずその後の6:06発に間に合えばよいと思っていたものの,駅に早めに着いたのでこの始発に乗って内子経由の分岐点である向井原(むかいばら)駅まで乗ることにした.


松山駅キハ32-2車内
左:JR四国は駅の番号制を今年から実施.予讃線は松山までY00から順番に番号が振られているものの,ここより先は内子線を示すと思われるUに切り替わるためY55とU00の2つの番号が割り当てられている.
右:内子経由八幡浜行き625Dに使用されていたキハ32-2の車内.ロングシートだけのシンプルな車内.キハ32はJR四国だけの形式.


外はまだ薄暗いまま松山駅を出る.次の市坪(いちつぼ)は坊っちゃんスタジアムのそばにある.このあたりから雨が降り出す.松山から14.1km,22分で向井原に到着.
駅前にはコンビニもなく,駅の構内自体は単線のシンプルな作りだったため6分後に反対方向から来た普通列車で1駅戻る.隣の伊予市駅は特急も止まる駅.9分間の待ち合わせ時間のあいだに駅の外に出てみると,目の前にも駅が.目の前にあるにもかかわらず駅の名前は郡中港(ぐんちゅうこう)駅.伊予鉄道郡中線の終着駅で,この郡中港駅のほうが伊予市駅よりも歴史が長い.

伊予市駅6:30発723Dは宇和島まで各駅に止まっていく普通列車.こんどは2両編成であったものの,乗客は数人だった.先ほど立ち寄った向井原を過ぎると列車は海を見下ろす高さで海辺の山側を走っていく.
プランのなかには,景色がよく鉄道と海を題材にしたポスターのロケ地として知られる下灘(しもなだ)駅で下車し,存分に写真を撮って再び伊予市駅まで引き返し,特急いしづち1号を使って内子経由で宇和島へ,というパターンもあったのだけれど….その下灘のひとつ手前の伊予上灘(いよかみなだ)で上り列車待ち合わせのために停車して外に出てみたときにはものすごい雨になっておりました.
「このまま雨ひどくなっていったら,この先列車が遅れるかもしれない」
という漠然とした不安も手伝い,下灘駅での下車は諦めることに.

海岸沿いを走っていた予讃線も伊予長浜からは左に90度向きを変えて肱川(ひじかわ)に沿って内陸に入っていく.時間は通学の時間帯で,夏休み中だけれども部活動のある生徒が少なからずいて,車内に活気が出始めてきた.

向井原から分かれた内子経由の路線が再び一緒になるのは伊予大洲からだけれど,その一つ前の五郎(ごろう)駅は数奇な運命をたどっている.
もともと五郎は内子へ向かう内子線の分岐駅で,このときはまだ内子は松山方面からはつながっていなかった.しかし予讃線の短絡・高速化のために向井原-内子間が予讃線の支線として結ばれるのに伴って,松山方面からの列車が内子からやってくると,内子線は五郎を起点とするよりも伊予大洲を起点とした方が都合がよくなってしまった.もともと内子線と予讃線の分岐点は五郎駅ではなく伊予大洲との間にある信号場だったので,内子からきた列車は五郎に寄らずに伊予大洲に行くことはたやすかった.そこで内子線の五郎から隣駅の新谷(にいや)間は廃止されたために,短絡線で特急も走る路線の中に地方交通線である内子線が5.3kmだけ取り残されているという一見すると不思議な現象が起こっている.

伊予大洲には7:44に着き,6分停車.この間に内子経由で松山方面からやってきた普通列車が到着する.なので一見この6分の停車はその列車からの乗り継ぎ客を拾うために設定されているのではないかと考える.しかしこの列車もこの伊予大洲で23分間停車した後,終点の八幡浜まで行く.今私が乗っている列車は八幡浜より先の宇和島まで行くので伊予大洲から先が目的地の客はここで乗り換えなければならないように思えるのに,なんと宇和島行き列車はここ伊予大洲で23分も停車して油を売っているこの列車が追いついてくるのを八幡浜の駅で26分も停車して待ってから発車するのだ.つまり,私が今乗っている列車から降りて後からやってきた列車に「浮気」をしても,八幡浜駅でまた追いつくことができるということ.それならばやってみない手はない.さいわいなことに,伊予大洲では空は暗かったものの雨は一時的にやんでいた.


伊予大洲駅

伊予大洲(いよおおず)駅.屋根のカタチを見て「これじゃあ雪下ろし大変だなあ」と思ってしまうのが雪国の人間のサガ.
この辺じゃ屋根の雪下ろしなんてやらないわけで.


伊予大洲ではキオスクでパンとコーヒーの簡単な朝食を購入.次に乗った列車はキハ58系とキハ65系の2両編成.2両でシートの色が色違いになっているのがキレイだった.

8:32八幡浜(やわたはま)駅着.伊予大洲まで乗っていた普通列車に追いつく.しかし私は車内でスケジュールをたて直し,八幡浜駅前を見る時間を稼ぐためにこの8:35発の普通列車は見送り,8:57発の特急いしづち1号を待つことにした.せっかくの特急にも乗れるきっぷなので,ここらで特急にも乗りたくなってきた.


八幡浜駅1八幡浜駅2

八幡浜(やわたはま)駅.長年使用されていると思しき駅舎.天井が高い.

八幡浜駅のホームには「のりかえ 別府連絡」の文字が.八幡浜は九州との連絡口になっていて,海を挟んで大分県の別府と臼杵(うすき)へ船が出ている.ぜひとも一度は九州にこんな意表をつく形で上陸したいものだ….
posted by Kammy+ at 01:49| ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 趣味談義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月09日

【なつやすみ旅日記】ぐるっと四国ひとり旅(第1日)

2006年8月17日15:30,全日空866便(エアーニッポン)は定刻どおり松山空港に到着.
それが私の四国への記念すべき第一歩となりました.

今年の夏休み,3泊4日で旅行できる時間ができたことと,今年いっぱいが使用期限のマイルをぜひとも旅行で消化したかったこともあり,7月も末になってから航空券を用意しました.
お盆期間は主要空港はマイル引き換えの対象となる便の設定がなく,地方でもその時点ではすでにほとんどの便でチケットはsold outだったものの,かろうじて8月20日の関西空港からの帰りの便があることを発見.
どうせ同じ15,000マイルなら思いっきり遠いところへいってやろうと考えていたので,新千歳から直行便の出ている鹿児島,福岡,広島,岡山…と見ていっても空席が無く,西日本では松山と高松への便に空席があることを発見.そこで3泊4日の松山-関空を結ぶ旅行プランを練ったのでした.

私は四国は初めてなので,四国のメジャーどころの観光もしないで鉄道にだけ乗っているのはおもしろくないと考え,テツ分は多少ひかえめなプランとなりました.あとは実行に移すだけ….
しかしながら大きな不安要素がありました.それは出発前から週間予報では旅行の期間中はことごとく雨雨マーク….しかも台風10号が接近しているという状況.
「まあ,雨なら列車に乗ってりゃいいもんな」と多少がっかりしていたもののこのときはまだ,この台風がこの旅行のプランをひっかきまわすことになるとは考えてもいないのでありました….

初めて乗ったボーイング737-500(スーパードルフィン)の形がかわいくて私ごのみ.座席は3席-3席の21列.しかし機内はお盆シーズンで観光客満載.隣の老夫婦の旦那はせっかく私が気に入ったこのスーパードルフィンに対して「ビデオ設備もオーディオもない」と不満げ.「これはそうとう古い飛行機だ」「こんなにいっぱい乗ってるんだからもう少しいい機材使ったらどうなんだ」「松山を田舎扱いしてる」….ツッコミどころ満載だったなあ.

さいわいなことに松山の天気は雨はまだ降ってなくて,くもり.
まずは伊予鉄バスの空港連絡線で松山市駅へ.
松山は四国で最初に鉄道が走った街で,国鉄よりも早く1888(明治21)年に伊予鉄道がこの松山市駅(当時は松山駅)から港のある三津までの軽便鉄道を敷いている.
その後1927(昭和2)年になって国鉄予讃線の「松山駅」ができて伊予鉄道は松山市駅へと改称.Wikipediaをみるとこのときはどちらが「松山駅」を名乗るか裁判にまでなって国が勝ったらしいけど,それまで40年近くも親しまれてきた駅名を取り上げちゃうとは,なんとも横暴な感じが.今なら「JR松山駅」にするんだろうなあ.こんなふうに街の中に「○○駅」と「○○市駅」があるのはいくつかあって,県庁所在地ではこの松山(愛媛県)と和歌山の2つ.この2つの街ではどちらでも「市駅」という愛称が使われている模様.

で,この路面電車の走る路線は昔は小さな蒸気機関車が走っていて,夏目漱石の『坊っちゃん』でも「マッチ箱のような汽車」と描かれております.それにちなんで松山では2001年から『坊っちゃん列車』を復活させて松山市駅-道後温泉駅間などを走らせています.ただし市街を走るためSLでは煤煙による影響が大きいことから動力はディーゼルとなっています.



松山 坊っちゃん列車


明日の早朝には松山を発つ予定のため,伊予鉄はほとんど堪能できず残念…,それでも松山市駅から一駅「大手町駅」まで乗車.この駅のそばには現在日本に3箇所しかない鉄道どうしの直角平面交差が.



松山 鉄道と路面電車の平面交差


線路同士が交差するところのレール(クロッシングレール)は高速で通過することができないため,路面電車どうしならともかく一般の鉄道ではかなり稀な存在.

その後,松山駅で明日から使う「四国フリーきっぷ」(3日間JR四国,JR四国バスなどに乗り放題.特急自由席も可)を買い,駅のうどん屋でじゃこ天入りのうどんを食べる.じゃこ天といえば「ワッキーの地名しりとり」の「じゃこ天おばちゃん」.VTR手元になくてわかんないけど,駅のじゃこ天屋とつながってたから,きっとここのことだったんじゃないかと.こちらではじゃこ天はコンビニにも置いてあるほどポピュラーな食べ物みたい.

そして路面電車で本日の宿泊地・道後温泉へ.路面電車に投句用紙と投句箱が備え付けてあるところはさすが正岡子規を輩出した街だけある.高校生を対象とした俳句甲子園をやるだけのことはある.毎年開催されるのは8月19日の「俳句の日」前後とのことで,今年が第9回の選手権大会.この後通ったショッピングモールにも小学生の俳句が掲げられており,この街で子供時代を過ごしていたらいったい何句くらい詠まされるのだろうか.

ところで松山に着いてから気になっていたのだけれど,青地に行き先と距離とかが書いてある道路標識ってどこでも同じかと思いきや,どうもこのあたりの看板は外側が白線で縁取ってあって四隅が丸くなっている.みなさんのお住まいのところはどうですか?



白線で縁取りが… (右下は路面電車用の信号)


本日の宿は道後温泉にほど近い旅館.ビジネスホテルと違って部屋を涼しくして待っていてくれるあたりがうれしい.さっそく道後温泉に行く.まずは周囲の散策.そばにある湯神社のある丘から道後温泉をカメラに収める.休憩室とか茶菓子のつかないスタンダードな「神の湯・階下」へ.中はトラディショナルな公衆浴場の雰囲気で,浴槽はやや深め,天井が高く気持ちがいい.道後温泉は神代の昔から伝わる古い温泉ではあるけれど,これだけの公衆浴場を明治27年に作って,しかも現在に至るまで使用しているということにただただ感嘆.



左:道後温泉本館 正面
右:道後温泉本館 斜め後ろから.背後には温泉街.


正面入り口のところに箱を持った小学生がいて,「どこから来たか教えてください」と道行く観光客に声をかけていた.つまようじを「四国」「近畿」「九州」などブロック分けしたところに入れてもらうという趣向のようで,どうやら夏休みの自由研究のようだ.私はよろこんで協力したけれど,「北海道」は「東北」とセットで1箇所になっていたのがちと不満….
そういや私も小学生の頃,夏休みの自由研究で家の前の国道へ出てってひとり交通量調査やったことあるなあ.1週間は連続で同じ時間やってたっけ….

道後温泉駅から温泉街まではみやげ物屋になっていてそこをぶらついて「いよかんソフト」を食べたり,ポンジュースを飲んだりして愛媛の気分を味わう.まだ時間があったので電車で街のほうまで出て,松山の伝統のお菓子「労研饅頭(ろうけんまんとう)」を閉店前に何とか入手.1個84円.素朴な味わい.



松山の味 労研饅頭(ろうけんまんとう)うずら豆 1個84円


それにしても北海道から来ると四国は暑い暑い.まあ,ひょっとして暑いかもと思ってハンカチを2枚持ってきていたのがせめてもの救いだったかも….

結局夜まで雨は降らず.私は旅館のフロントに明日の朝の出発が早いことを告げておき,明日に備えて早めに就寝.その夜の未明,台風10号は九州に上陸していたそうで….
posted by Kammy+ at 18:27| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 趣味談義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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