2006年05月06日

夢を抱いて学校へ通う人たちへ

このブログにも時折コメントをいただいているシロクマさんのところに,是非とも注目していただきたい記事があったので紹介します.

シロクマの屑籠(汎適所属)

「兵士としての教育」が隠蔽され、誰もが「将軍の夢」に酔っている異常
その点、看護学校って「兵士としての自己実現」が徹底してる
ある種の業種では、「練兵所」なんて要らない。必要なのは「弾薬工場」と「鉄砲玉」だ!

Employer(雇い主)からしてみればemployee(使用人)というのは使い勝手のよい駒であればあるほどよく,次から次へと適当な夢を持って入ってくる若者を使い捨てることが最高の費用対効果に結びつくという現実が,経済の拡大のために隠蔽されすぎていることに警鐘を鳴らしているわけだけれど,この問題は各個人の人生の質(この場合も英語のquality of lifeが相当するんだろうか)に大きく影響するものだと思うわけで.

私の身近なところの問題としては,研究者という人生についての人材養成の問題がある.96年からのいわゆる「ポスドク1万人計画」についてのさまざまな弊害については今回は省くけれども,「優秀だったらポストはあげよう.ポストにつけなかったらその一切は個人の責任.将来のことなど世話できないし,そんなこと期待されても困る.」という方針で若者から研究力を搾取し,財政難を理由に正規雇用を増やさないのではどんどん不満が積もっていくだけではないか.もっとも,そんな不満分子は排除され,新たな希望に満ちた鉄砲玉に入れ替わり問題は後回しにされるのだけれど.
「自分は研究者になれたけど,いつまで研究者でいられるかはわからないし,ましてや自分の子供には絶対勧めない職業だよ」と話す研究者をよく見かけるし,私もそう思う.日本の科学技術を支える人材を供給するシステムは1世代後には完全に崩壊してるんじゃないかとさえ思える.

やはり対策としては,学生や親の側としては国や企業や学校は自分たちに都合のいい麻酔を自分たちに打ってくるということをしっかり認識するということだろうか.教育についてはその意味合いについて考え直すべきだと思う.教育とは本来,世代をつなぐ大事なバトンの役割を果たしていたはずであるのに,最近は金銭的な対価として提供されるサービスとしての面が強調されすぎではないだろうか.これには「お金が集まるのだから,優秀な人材も集まるはずである」という貨幣価値至上主義に基づいた論理のすり替えが起こっていることが原因しているのではないかと思うけれど,そのゆがみについて個人的に不安を訴えることはあっても社会的なレベルで補正しようという動きはみられない.もちろんこのブログだってそうだし.今の世の中あまりにも流されて生きているほうがラクな状態が続いているからだろうけど,そんな平和なんて一時的なものだということは歴史が教えてくれているのに…と私は思ってしまう.(もちろんそれを「今から悩んでたってしょうがない」というのは自由だし,私だって杞憂であってほしいと思う)

教育する側だったり,人を雇う側としては,現在ニートを増殖させていると思われる「将軍か,さもなければ逃亡か」という,「全か無か」の賭けしか人生の方法を知らない若者たちに少しでもシロクマさんの言う「兵士の幸せ」を示していくかが重要になってくるだろうし,人の上に立った者としては,その権力をより強大に,強固にしたいという欲望を少しでも抑え込んで兵士の幸せを育ててやる義務があるのではないだろうか.


本来ならば,上に立つもののそういった義務は相互監視の社会と倫理観に支えられ履行されてきたのだろうけれど,最近はそんなリミッターがはずれぎみで,上に立つものの権力がどんどん増大していっているような気がしてならない.そしてそのことがさらに人々を上に立つこと,権力を持つことに固執させているのではないかと思う.ときどき,ニートを理解できないと突き放したり,非難するお偉い方々を見かけるけれども,そういう方々には今の自分がしていることをじっくり考えてもらいたいものだ.
posted by Kammy+ at 16:02| ☁| Comment(12) | TrackBack(0) | 考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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