2006年05月28日

助手のお仕事 第8週

月曜夕方がネット上での締め切りだった学会の演題申し込みに向けてギリギリの戦いが繰り広げられていたわけで.
土曜の夜のトライアル…失敗.
日曜午前のトライアル…失敗.さらに昨日今日の設定ではデータの記録も失敗していることが発覚.
日曜午後のトライアル…さらに失敗.
まだやりたかったけれど,観察のために目を酷使したので眼精疲労が限界に.

だいたいこういうときに無理をしてもろくな結果はでないのは何度も感じていることだけれど,ここでやめるのはくやしいので,

月曜日午前のトライアル…失敗でもなく成功でもなく.

結局,午後3時過ぎのディスカッションの末,要旨は限りなく差しさわりのない内容にとどめて登録することに.20分前に演題登録完了.
研究者として胸をはれるような状況じゃないのは承知しております….

火曜日はセミナー.うちのラボの至宝(唯一の学生),N君にセミナーのなんたるかを示すために「お手本」をやることに.
それは先週言われてたんだけど,なにせ実験に没頭してたもんで….
またもやっつけ仕事.レジュメ納得いくの作れなかった….
なんとか論文の読みこなしは最低限のラインはできてたと思われるのではったり半分でなんとか終える.

水曜日は宿泊研修会前日ということで最終チェックや夜の宴会のための買い出し.地酒とビールを中心に近くのリカーショップへ.
っていうかその研修会では私も1演題あたっているのに,この時点でスライド完成率0%.自分じゃデータは出ていないのでうちのラボの持ちデータを説明する役割なんだけれど,もらった50枚以上のスライドを20分に再構成して自分の言葉でしゃべろうとなるとなかなかプレッシャー.
疲労でふらふらになりつつも夕飯のために家に戻り,今夜は徹夜か…と覚悟しなきゃ…と思いつつもベッドで意識が飛んで起きたらもう朝になっている.

そんなわけで研修会初日はひどくドタバタ.スライドの準備ができていないまま出発までの貴重な時間は美容院のために費やされることに.週末行けなかったために週明けに予約してあったのがある意味仇に.でも特に近い分野の研究者との初顔合わせなわけで,第一印象は大事ってことでキャンセルせずに髪を切る.このときボスに「すいません間に合いませんでした」メールを送ろうか頭をよぎるも,セコンドにタオルを投げ入れられるまでは勝負を捨ててはいけないと思い直す.
研修会のスタッフ仕事は時がすぎるのがずいぶん早く感じる.N君の働きも素晴らしく良い.夕飯まで無事に切り抜け,その後の有志の宴会には参加せずひたすらスライドを再構成.なんとか枚数だけはそろえたところで力尽きて入眠.

発表当日はトップバッターということもあり,比較されながら見られるわけではないのが唯一の救い.完全に観光旅行の口実のために発表しているお偉いさんのようなとりとめのない話になってしまっていたし,質疑ではボスが出ずっぱりというかなりしょっぱい初顔合わせになってしまったけれど,今回は逃げなかったことと精神的に崩壊することなくやり過ごせたことを評価しようと自分に言い聞かせることに.
研修会自体はトラブルもなくすすむ.ホテル側の対応もよく,料理もおいしく,期待以上の出来となったのでひとまず安心.

同じ研究をやってるひとと会話してそのひととなりを知ることは,とても楽しいことで.
いじられ役のひと,ちょっと変わってるタイプのひと,おもしろいスライドでガンガン聴衆の興味をひきつけるひと….
私の場合は研究自体が好きというよりは,そういったまわりの人間と研究が出来ることが楽しくて研究が続けられるという性質なので,今回の研修会は私の研究に対するやる気を生み出すのに十分寄与したと思う.
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2006年05月20日

助手のお仕事 第6週・第7週

GWも明けると新社会人にとっては五月病が気になってくるわけですが.

私の場合,ボスに面識はあったし,クセのある構成員も少ない(というか組織の人間の絶対数が少ない)し,学生時代からお付き合いのあった方々がわりと多くそばにいるせいもあって「新しい環境」っていう意識はあまりなく,むしろもっと気負えよ,と言われそうな状況.

第6週は7月の学会の演題締め切りが近く,発表に持っていければ私の新天地でのデビュー戦になるためボスからも実験で意味あるデータが出ることを期待されていたものの,測定を行うシステムがうまく組めずにタイムアップ.週末は薬剤師の研究発表会のためにお出かけ.久しぶりに会った後輩とも話せたし,久々にカラオケも行けたしでリフレッシュ.もっとも,この会はボスからの指令で行ったものではないので,「そんなとこに出かけてないで実験すれば締め切りに間に合うもものを,あいつは怠け者だ」と思われていそうで後ろめたさも残る….でも,自分のオリジナリティを確保するためにもやはり今回のお出かけは収穫があったと思う.

第7週.週明けはそんなわけもあって出ていくのがうしろめたかったものの,天は私を見放さなかったみたいで.締め切り1週間延長の告知が来てた.もっとも,そういうことは学会だと分野によってはしばしばあることなんだけど.ということで実験をバリバリ…ともなかなかいかないわけで.特に来月に迫った学生実習のための実習機器の操作と実習書の組みなおしといった作業に阻まれ思うように実験を組めず.今日はこれから実験してきます.

というか第7週は来週に迫った宿泊研修会の対応にも追われまくりだったわけで.人数の確定,プログラムの決定,旅行会社や宿泊先への連絡….そうなるとボスにいちいち確認するほどでもない事項は自分で処理してしまうのだけれど,やはり自分は新参者ということもあって物事の裏事情を知らなかったり,ボスのポリシーに反するようなことを気づかないうちにやっちゃってたりして,動けば動くほど釘もさされることもあり,なかなか消耗.まあこれは新入り下っ端の宿命ですわな.逆恨みはしちゃいかんわな.
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2006年05月08日

助手のお仕事 第4週・第5週

科研費(若手研究スタートアップ)は仮提出が済んで事務でチェックが入って戻ってきたのでそれを踏まえて本提出.最近は科研費の申請の一部はネットを使って行うので,そのためのパスワードが支給され,エントリー.事務への本提出は12部なんだけれども,これがホチキス止めはだめでのりづけしなければならないというのがまためんどくさいなあ….

実験もようやく本腰入れてできるようになってきた.とはいえまだまだ実験条件の設定や操作に慣れるために時間がつぶれてしまう.そろそろ無理やり時間を作ってでも実験しないとまずい雰囲気になってきたぞ.

データの解釈のために統計についてちょっと勉強することに.今までANOVAについてはなんとなくしかわかっていなかったけれど,少しは多重比較検定について知識が深まった.

後輩の実験を手伝ったものの,私の首尾が悪く翌日結果をみると失敗していたらしい….ごめんよ後輩.

ボス主催の研究会については準備が本格化.発表会場についての打ち合わせがまだだったので四苦八苦しているとボスが「直接見に行かない?」と車を出してくれたので直接会場となるホテルで打ち合わせ.会場は山あいの温泉のあるホテル.ボスのフットワークの軽さに感服.こじんまりとした研究会とはいえ,ホストとしては参加者から不満の出ないようがんばりたいところ.

GWは職務を忘れて遊びほうけてしまった….最終日だけ,かろうじて大学で作業したものの,やるべきことをやり終えたかというと反省点多いなあ….特に論文執筆などはまとまった時間が欲しいとこだし.もっと精進せねば.
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2006年05月06日

夢を抱いて学校へ通う人たちへ

このブログにも時折コメントをいただいているシロクマさんのところに,是非とも注目していただきたい記事があったので紹介します.

シロクマの屑籠(汎適所属)

「兵士としての教育」が隠蔽され、誰もが「将軍の夢」に酔っている異常
その点、看護学校って「兵士としての自己実現」が徹底してる
ある種の業種では、「練兵所」なんて要らない。必要なのは「弾薬工場」と「鉄砲玉」だ!

Employer(雇い主)からしてみればemployee(使用人)というのは使い勝手のよい駒であればあるほどよく,次から次へと適当な夢を持って入ってくる若者を使い捨てることが最高の費用対効果に結びつくという現実が,経済の拡大のために隠蔽されすぎていることに警鐘を鳴らしているわけだけれど,この問題は各個人の人生の質(この場合も英語のquality of lifeが相当するんだろうか)に大きく影響するものだと思うわけで.

私の身近なところの問題としては,研究者という人生についての人材養成の問題がある.96年からのいわゆる「ポスドク1万人計画」についてのさまざまな弊害については今回は省くけれども,「優秀だったらポストはあげよう.ポストにつけなかったらその一切は個人の責任.将来のことなど世話できないし,そんなこと期待されても困る.」という方針で若者から研究力を搾取し,財政難を理由に正規雇用を増やさないのではどんどん不満が積もっていくだけではないか.もっとも,そんな不満分子は排除され,新たな希望に満ちた鉄砲玉に入れ替わり問題は後回しにされるのだけれど.
「自分は研究者になれたけど,いつまで研究者でいられるかはわからないし,ましてや自分の子供には絶対勧めない職業だよ」と話す研究者をよく見かけるし,私もそう思う.日本の科学技術を支える人材を供給するシステムは1世代後には完全に崩壊してるんじゃないかとさえ思える.

やはり対策としては,学生や親の側としては国や企業や学校は自分たちに都合のいい麻酔を自分たちに打ってくるということをしっかり認識するということだろうか.教育についてはその意味合いについて考え直すべきだと思う.教育とは本来,世代をつなぐ大事なバトンの役割を果たしていたはずであるのに,最近は金銭的な対価として提供されるサービスとしての面が強調されすぎではないだろうか.これには「お金が集まるのだから,優秀な人材も集まるはずである」という貨幣価値至上主義に基づいた論理のすり替えが起こっていることが原因しているのではないかと思うけれど,そのゆがみについて個人的に不安を訴えることはあっても社会的なレベルで補正しようという動きはみられない.もちろんこのブログだってそうだし.今の世の中あまりにも流されて生きているほうがラクな状態が続いているからだろうけど,そんな平和なんて一時的なものだということは歴史が教えてくれているのに…と私は思ってしまう.(もちろんそれを「今から悩んでたってしょうがない」というのは自由だし,私だって杞憂であってほしいと思う)

教育する側だったり,人を雇う側としては,現在ニートを増殖させていると思われる「将軍か,さもなければ逃亡か」という,「全か無か」の賭けしか人生の方法を知らない若者たちに少しでもシロクマさんの言う「兵士の幸せ」を示していくかが重要になってくるだろうし,人の上に立った者としては,その権力をより強大に,強固にしたいという欲望を少しでも抑え込んで兵士の幸せを育ててやる義務があるのではないだろうか.


本来ならば,上に立つもののそういった義務は相互監視の社会と倫理観に支えられ履行されてきたのだろうけれど,最近はそんなリミッターがはずれぎみで,上に立つものの権力がどんどん増大していっているような気がしてならない.そしてそのことがさらに人々を上に立つこと,権力を持つことに固執させているのではないかと思う.ときどき,ニートを理解できないと突き放したり,非難するお偉い方々を見かけるけれども,そういう方々には今の自分がしていることをじっくり考えてもらいたいものだ.
posted by Kammy+ at 16:02| ☁| Comment(12) | TrackBack(0) | 考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月01日

東京・横浜に遊びに行きました(後編)

2日目は友人と別れて朝から単独行動.
スタートは08:00,東京都立川市のJR立川駅.
今回主に利用するのは首都圏近郊のJRが1日乗り降り自由な「ホリデー・パス」2,300円.途中下車し放題なのがありがたい切符です.平日に東京を訪れることが多くていままで使ったことなかったけれど,なかなかの使い心地.

立川からは青梅線の電車(青梅行)で移動.
0803 立川(たちかわ) → 拝島(はいじま) 0816
距離はこの間6.9km.この駅は昭島市と福生市の市境に位置する駅で,青梅線と八高線がクロスし,さらに五日市線の起点でもあってJRだけで5方向にのびる駅.青梅線で終点の奥多摩まで行くと時間がなくなりそうだったので,今回は五日市線を制覇することに.細かい予定は立てていなかったものの,幸いにもこの次にやってきた青梅線の電車が新宿からのホリデー快速で,ここ拝島で前6両が「ホリデー快速おくたま号」,後ろ4両が「ホリデー快速あきかわ号」に分離された.後ろの車両に乗って,いざ五日市線へ.

0828 拝島 → 武蔵五日市(むさしいつかいち) 0849
距離は11.1km.電車が走り出すとまもなく車窓からはのどかな住宅と畑の入り混じった「東京らしくない」のなかを走り,終点の武蔵五日市に近づくにつれ畑は森に変わってゆく.武蔵五日市はあきる野市にあります.
ここで降りた人は山登りの恰好をしている中高年の方が多く,その方々は駅前の西東京バスののりばからさらに山奥へと旅立ってゆかれました.私はその駅前の「何もなさ」をじっくり味わってからホームに戻り,戻ることに.

武蔵五日市

0922 武蔵五日市 → 拝島 0941
拝島に戻ってくると今度は東京で唯一の「地方交通線」である八高線(八王子と高崎を結ぶ)で北上.
0945 拝島 → 高麗川(こまがわ)1012
この間は21.2km.この間に線路は東京から埼玉へ.高麗川は埼玉県日高市.この駅は八高線と川越線(大宮-高麗川)の分岐駅であるものの,列車の運行形態としては川越線から八高線の南側を直通する列車はあるものの,八高線でここから北へ行く列車はすべてこの駅が始発になっている(ここから北は非電化区間)ので,折り紙の「だまし船」のような関係(このたとえじゃわかりにくいか…)に見える.

乗ってきた電車は高麗川止まりなので,改めて川越行の電車に乗り継ぐ.
1024 高麗川 → 川越(かわごえ)1051
この間は14.5km.思っていたよりもずっと田園風景が広がっていることが意外だったものの,その景色は北海道のそれとはまた味わいが異なっていて面白い(北海道はトタン屋根しかないこととか).
この路線は単線なので,途中上下線のすれ違いのために的場(まとば)という駅で5分の停車.なかなか古い駅舎で味わい深いけれど,きちんと電光表示板はついておりました.

お次は川越始発の埼京線りんかい線直通列車にすぐに飛び乗って…と思ったけれど朝から何も食べてなかったので立ち食いそばをかき込む.そうこうしてたら1056の電車に間に合わず,次の1115に乗ることに.
駅前に出て知ったけれど,このあたりは「小江戸」と呼ばれ今でも古い建物の残る地域.やっぱり北海道に住んでると北関東のことは知らないこと多いもんだ.

1115 川越 → 武蔵浦和(むさしうらわ)1142
この間23.5km.川越線と埼京線と乗ってきて,今度は武蔵野線に乗り換えるために武蔵浦和で下車.埼京線と武蔵野線はクロスする位置関係にあるため,武蔵野線から埼京線のホームを見上げる感じになる.ところでこの武蔵浦和,駅名で旧国名を関して他方の駅と区別することはよくある(静岡県の清水と北海道の十勝清水など)けれど,武蔵浦和の場合は旧国名のつかない「浦和」は目と鼻の先にあり,この場合の呼び分けは「武蔵野線の浦和駅」という意味合いでつけたものと思われ,特殊なケースと思われる.この駅は埼京線完成時に武蔵野線との乗換駅として昭和60年にできた比較的新しい駅.

1152 武蔵浦和 → 南流山(みなみながれやま)1219頃
この間25.6km.初めての路線で景色をしっかり見るべきだったけれど,昨日の疲れがでてうとうとしてしまう.南流山は千葉県流山市.この駅は今日の主目的のひとつである「つくばエクスプレス(TX)」の乗換駅.
つくばエクスプレスの駅は地下鉄みたく番号が付されていて,起点の01秋葉原から20つくばまであるけれど,ちょうど真ん中あたりの10番が当てられている.秋葉原からの距離は22.1km,運賃は550円.地下に下り,ここではホリデー・パスが使えないのできっぷを買い,ホーム階に下りる.真新しい感じがいい.まもなく6両編成の列車が到着し,先頭車両に乗車.

南流山 → 秋葉原
先頭車両は窓も開いていて景色がすごくいいんだけれど,あいにく鉄道マニアと思われる中年のおじさんがかぶりついていた.しかし同好のものとして少々おせっかいかもしれないが言わせて貰うと,中年太りで短髪で,キャップ(野球帽)にリュックにウインドブレーカーという恰好は周囲に決していい印象を与えないわけで.こういうかぶりつきはただでさえ目立つ行為なのだから,スーツにネクタイ,とは言わないまでもさわやかなスタイルで臨んでいただきたいものだ….

秋葉原
秋葉原には高校の修学旅行以来10年ぶりだったので,まずその近代的な変化に驚く.秋葉原の新名所ヨドバシカメラAkibaを駆け足で眺めて,レストラン階の回転すし屋で遅い昼食.桜海老の軍艦巻きは初めて食べたなあ.本州の回転すしはおいしくないと言われているけど,それも昔のことになりつつあるのかもしれない.
日曜日ということもあって歩行者天国は(北海道人からみれば)ものすごい人出.特にグラビアアイドルらしき集団が水着で撮影をやっていたり,メイド姿の女性がメイド喫茶のビラ配りしていたり,アイドルグループが街頭コンサートやってたりとお祭り状態.

秋葉原

この街の「主役が年端もいかない女の子で,それを支えるのは多数の活きの悪い目をしたさまざまな年代の男」という構図を目の当たりにしていやな気分になったものの,誰を責めるべきかは私には思いつかなかった.ただ,やっぱり自分は女の子には自分で汗水たらして努力して,ナマのコミュニケーションをしないといけないな,と思ってみたり.私はときどきこのブログで消費に踊らされる若い女性などをまるで他人事のように上から見ていたかもしれないけれど,私自身が「若くてピチピチの女性」という商品のプロモーションに無意識に洗脳されてることについては普段は忘れがちだってことに気づかされるわけで.いろんな意味できてよかったと思える体験だった.メイドさんから数枚のビラももらったし(笑)

そんなふうに秋葉原観察に時間を割いていて,最後にふっと万世橋方面に目を向けると「交通博物館」の文字が….そこで私のなかで忘れられてた記憶が思い出されて思わず口について出た.
「やばっ,交通博物館閉館するんだった!」
気づいたときには既に遅く,帰りの飛行機の時間が迫っていて中を見る時間はない.交通博物館は今年5月14日をもって修了し,その展示品の中の鉄道関係のものは2007年の秋にさいたま市にできる鉄道博物館に移るという話をどこかで小耳に挟んでいたんだった.
入り口に展示されている0系ひかりの先頭車にも「さようなら 交通博物館」の文字が….仕方ない,鉄道博物館ができたらいくことにしよう….

そして秋葉原から浜松町まで京浜東北線の電車に乗り,そこからはホリデー・パスで乗れる東京モノレールを使って羽田空港へ向かったのでした.
posted by Kammy+ at 01:27| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 趣味談義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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