2007年01月08日

アドレス変わります

告知どおり,ブログをリニューアルしました.

今後,ブログのアドレスは

http://kammyplus.seesaa.net/

ブログ名は「Kammy+'s space Seesaa出張所」となります.
記事はホームページのほうへ収録し,ブログは新着紹介ならびにコメントのための場所にしていこうと考えているところです.

記事の引越しに追われまだ新着記事はありませんが,ぼちぼち更新していく予定です.
今後とも,宜しくお願いいたします.

なお,このページは記事引越し終了後からっぽになりますので早めにブックマークの変更をお願いいたします.
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2007年01月05日

もう少しお待ちを….

ホームページならびにブログのリニューアルは新年早々を予定していたのですが,作業が遅れておりまだ公開できておりません.
もうしばらくお待ちください….

連休明けに完成部だけでも公開するかも….
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2006年12月14日

今年いっぱいでやめます.

長年ここをご覧のみなさま

当ブログ「Kammy+'s Spaceブログ版」は11月25日の記事でも触れたところではありますが,今年3月のKammy+の大学院修了を機に記事内容のリニューアルを図ったにもかかわらず,最近はまったく進歩の様子のないところを晒すなど,宣言したことが守られていない恥ずかしい状態でございました.

最近は新環境での緊張感からも解放され,研究のほうも遅ればせながらではありますが少しずつ身についてきました.その一方で生活リズムは大学院生の頃のものへと回帰しつつあり,さらに日常で女性と接する機会については激減するなど,意志の弱さから今春に立てた決意を持続できなくなっていた状況にありました.

しかし今のままネットで自分自身の解決しない問題を不満たらたらで垂れ流すのは,記事を読んだ人間を不快にするばかりであり,自分にとってもひどく恥ずかしいものであるとの思いが日に日に強くなってきている現状です.これを打破するためには,これまでのブログをいったん消去するほかないと考えています.これまでは過去の舌禍についても自分の成長の記念碑的に記事を残しておくつもりでいましたが,それらをブログ上に残しておいたうえで「現時点での自分の考え」を理解してもらおうというのが虫のいい話であり,なんといってもこれまで忠告をいただいた方々に対する感謝の気持ちが欠けていたと思います.

新年からは前向きな気持ちの記事を集めて再構成し,医療系研究と基礎研究の間を行き来することで学んでいる日常や研究の面白さといった研究の話題,鉄道旅行などの趣味の話題,それに私の日常で面白かったこと興味をひいたことなどの話題などを通じて研究する人生のポジティブな面や楽しさを伝えていけたらと考えています.今までのようにうじうじしている記事かいてたら研究者のイメージ自体を悪くしてしまいかねないと反省しています.

既にこのブログの読者の多くは非モテとそのウォッチャーになっていることと思います.そんな方々には過去ログを含めて新年以降読むべき記事がなくなってしまうことになるので,あらかじめお知らせした次第です.編集作業に多少手間取ると思われるので,少し早めの告知としました.

急な話で恐縮ですがどうぞご理解いただきますようよろしくお願いいたします.
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2006年11月20日

[第12回時刻表検定試験]受けてきました

年に1度の時刻表検定を今年も受けてきました.
今回が3回目の受験.

小中学生でも級が狙えるやさしい第2種試験(5-3級)と,難易度は国家資格にもなっている国内旅行業務取扱管理者試験と肩を張ると思われる第1種試験(2-1級,博士)があって,両方受けてきました.

前回まぐれ当たりも含めてなんとか2級を認定されたKammy+としては,今回も2級を保持できるかが勝負なのです.
とはいえ,ろくに対策もできないまま当日を迎えてしまいました.

第2種試験では親子や孫を連れての受検者もちらほら.
テレビカメラも来てました.
このごろはやりのユニーク検定のなかでは「はしり」の頃からある試験なのです.
時刻表をみながら解答する試験です.
暗記ではありません.

ただ,全国各地の土地勘と鉄道知識がないと該当ページにたどり着くまでに時間がかかってしまうし,料金計算のルールや特例を知っていないと計算を間違ってしまう….

受験案内に「付箋紙可」とわざわざ書いてあるくらいなので,付箋のつけ方が高得点の鍵なのではないかと思い,要所要所に付箋をつけてめくりやすくしてみる.過去2回の受験で飛行機の国内線と国際線の境目がわかりにくくて苦労したこととか,列車の車両編成のページが一発で開けなくてページをくくるのに時間がかかったことなどを思い出し,付箋をつけてみる.


第2種はカンタンとはいいながらも,その問題数には圧倒されます.
90問を90分.
私は3回目にして初めて時間内に解き終えることができました.

第1種は問題数は60問に減るものの,落とし穴の数や解答のための手間は第2種の比じゃないです.
今回も手間取り,後ろの20問近くに目を通すことができませんでした.

結果は12月下旬に郵送されてくるとのこと.
自己採点では第1種で2級をとれるかはとっても微妙なところ.
時刻表ファンとしては,まだ中級者といったところではないでしょうか.
あー,受かってるといいなあ.
posted by Kammy+ at 00:28| ☀| Comment(6) | TrackBack(0) | 趣味談義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月22日

【なつやすみ旅日記】ぐるっと四国ひとり旅(第2日・中編)

(前回,時間の都合で記事を打ち切ったため,まだ朝の8時台までしか書いてないのに次へ突入という事態に…)

八幡浜から宇和島までは特急「いしづち1号」で29分の旅.途中,卯之町(うのまち)に停車する.卯之町は市町村合併によって誕生した「西予市(せいよし)」の市庁舎が置かれているところ.

この予讃線を走る特急は14往復ある特急「宇和海(うわかい)」(松山-宇和島)のほかに,岡山から特急「しおかぜ」が2往復,高松から特急「いしづち」が1往復ある.私が乗車した「いしづち1号」の高松発は朝の5時17分で,宇和島到着は9時26分なのだから,四国もなかなか広いのだなあ,という印象を受ける.

そして予讃線の終点,宇和島に到着.
駅構内で線路が終わっているため,3番ホームまであっても跨線橋や地下道はなく,1番ホームからはコの字型の連絡通路で2,3番ホームへ行く構造になっている.
雨に急かされて予定より早く着いたので,次の目的の列車までは2時間ある.
ただ,ここに到着するまでにガイドブックで宇和島を調べてみたけれど,名物の闘牛はやっていないようだし,なにより雨で街の散策も難しいかな…という感じだったので期待はせずに改札を出ると,何かおかしい.
これから乗る予土線の電光表示の行き先に「近永」という下調べ段階では見たことのない行き先が表示されていたからだ.そして改札前に置いてあるホワイトボードが目に入ってきた.


運転見合わせ(宇和島駅)宇和島駅前

上:予土線運転見合わせのお知らせ(宇和島駅)
下:雨の宇和島駅前

やはり雨で運休していたか….
予土線は愛媛と高知をつなぐ唯一の鉄路であるものの,特急はおろか快速列車すらもない山間を走るローカル線で,県をまたいで移動する人間の数なんてたかがしれているのかもしれない.

この緊急事態に駅舎の中のベンチに座って対策を考える….
時刻表の「さくいん地図」で高知県へ抜けるルートを検索してみる.
宇和島からは,このまま海伝いに南下し,高知県宿毛市(すくもし)に抜け,そこから土佐くろしお鉄道で窪川まで行きJR線に復帰するというのが現実的な唯一のルートのようだった.問題はダイヤと,その接続だ….
大きい全国版の時刻表を持ってきていて良かった.すぐに主要なバス路線のページをめくり時間を調べる.宇和島から宿毛へはだいたい1時間に1本のペースで出ていて,次の宿毛行きは9:45発.あと10分もなかった.
駅で「清流しまんと2号」の指定券を払い戻し,駅前のバス停で宿毛行きを探す.すぐにバスが到着した.中乗り前降りの路線バスで,宿毛駅まで1時間51分の旅となる.

バスはほぼ国道56号線沿いに走ってゆく.宇和島市と宿毛市の間の距離は約63km.このバスは急行便などではないので,頻繁にバス停の案内テープが流れる.
このバスを運行しているのは宇和島自動車というバス会社で,会社のマークには旗の中に「宇」の字がデザインされたものが使われている.先ほどの宇和島駅前の写真で後ろに映りこんでいる建物がその本社だったみたい.途中宇和島市の「バスセンター」では業務用の荷物が大量に出口扉のそばの荷物用スペースに積まれた.鉄道では業務用の荷物を運んでいるのは見慣れていたけれど,路線バスでこのような光景を目にするとは.荷物は途中の岩松営業所と城辺(じょうへん)営業所で,いずれもそこの職員が待ち構えていておろしていった.
雨は南に進むにつれ激しくなり,通行止めになってしまうのではないかと思うほどひどくなっていた.そんななかでもバス停からはお年寄りが乗ってきては,また降りていく.このバスのほとんどは短距離の利用者であった.もちろん数えていたわけではなかったけれど,後からバス路線図で確認したところ80番目のバス停「県境」で高知県に突入,そのあとすぐの84番目「宿毛駅」で下車.運賃は1,750円.かなりの雨だったものの,ほとんど遅れることなく到着した.


宇和島自動車のバス(宿毛駅にて)宿毛駅

左:宇和島自動車のバス(宿毛駅にて)
右:宿毛駅

宿毛駅といえば2005年に起きた特急列車が停車せずに車止めを乗り越え,駅の壁に激突するという大事故が起きたことで記憶に新しい駅だったものの,既に駅は復旧しており,営業も通常どおりに戻っていた.

11:31窪川行が出てしまった後で,次の列車は12:43の発車となっている.これは中村止まりで,中村からは特急「南風20号」に連絡していて,窪川着は13:53.不通だった予土線の列車に乗るコースでの窪川着が13:45だったのでうまく予定への本線復帰ができることになる.
列車が来るまでの時間でまずはきっぷを買う.私の持っている四国フリーきっぷはJR線のほか,この土佐くろしお鉄道の若井-窪川間に乗車できる.しあがってここでは宿毛-若井の乗車券と,中村-窪川の特急券を買う.窓口氏は土佐くろしお鉄道の出札補充券を発行してくれた.料金は1,820円.予土線不通のおかげでバスとあわせて3,500円の追加出費となってしまったけれど,本線復帰できるのだから御の字だろう.

ふらふらと店を見て歩く.産直の農産物売り場では「小夏」という品種の柑橘が売られていた.どうやら高知の特産らしい.小ぶりで,夏の早くから収穫できるためこの名があるという.
また,水槽に変わった生き物が泳いでいた.「土佐のクリオネ」のキャッチコピーとともに売られていたのは「タコクラゲ」.図鑑などによると体長15センチほどになるらしいけれど私が見たのは5センチほどのものだった.見てて非常に癒される.3匹500円だったけど,とても持ち帰れなさそうなので買いませんでした.それにしても,クリオネの実物はあまりに小さすぎるのでこっちのほうがおもしろいかも,と思ったのでありました.

昼食は駅のそばのファミレス風のところで,「四万十うどん」なるものをいただく.青海苔がのっかったあっさり風味のおうどん.美味いけど,もっと青海苔のってても良い.

改札が始まったのでホームに上がる.
この宿毛に駅ができたのは1997年のこと.第3セクターの土佐くろしお鉄道が国鉄さえも見切りをつけた中村線を継承し,さらに予定線であった宿毛線までも建設したことで,宿毛にまで鉄道がやってきたという経緯だ.
いろいろな角度で事故のあった車止めのあたりの写真を撮る.止まっているのは1両編成のワンマン列車.乗車率は5割ほどで,中村へ向けて発車する.


宿毛駅ホーム

宿毛駅ホーム.駅舎に衝突の跡はいまはない.

宿毛線として1997年に開業した23.6kmをワンマン列車は30分で走破する.台風の影響で畑がところどころ水没しているのが見える.路線は高架が中心で危なげなく走ってくれている.終点の中村の直前で四万十川を渡った.日本一の清流と言われていても,私がみたそれは台風の影響で濁りまくったでっかい川でしかなかった.ことごとくついていないなあ….

中村では5分の連絡で特急「南風20号」へ乗り換え.
しかしその中村駅では反対側のホームの列車に移るだけだったにもかかわらず強い風と雨でびしょぬれになる.とても傘なんかさしていられない.そして悪いことに南風20号の乗車率は100%に近く,相席で通路側の席を確保するのがやっと.ここまでの疲れもあり,うとうとしながらの乗車で,車窓の印象がほとんど残っていない….


四万十川(列車の窓越しに撮影)中村駅

左:車窓からみた四万十川(具同-中村間)
右:中村駅(ものすごい雨だったので南風20号のデッキから撮影)

窪川で特急は下車して鈍行に乗り換えるという手はあったものの,あまりの雨のひどさにこのまま高知まで乗りとおすことに.高知着は14:55.このあたりで車窓を楽しめなかったのはとても残念だったなあ….
posted by Kammy+ at 02:06| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 趣味談義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月19日

【なつやすみ旅日記】ぐるっと四国ひとり旅(第2日・前編)

朝5時15分,宿をチェックアウト.
さいわいまだ雨は降っていなかった.

道後温泉本館は朝6時からの営業なので,さすがに人通りは皆無に近い.
道後温泉駅の前まで出てタクシーを拾い,JR松山駅まで.
この時間じゃ路面電車も動いていない.

今日は予定は予讃(よさん)線を使って宇和島まで行き,そこから予土(よど)線に乗り換え高知に入り,土讃(どさん)線で高知に至るというもの.予土線は「しまんとグリーンライン」の愛称がつけられている通り四万十川流域の山あいを走るローカル線で,日本で最初にトロッコ列車を走らせて観光客を呼んだ「清流しまんと号」がその一部区間を走っている.私は遠く北海道からその指定券を取って楽しみにしていたのだけれど….


当初の予定(2日目)
2日目の行動予定


松山駅の始発は5:50の普通列車.私は特急の走る内子(うちこ)経由ではなく海沿いを走る伊予長浜経由で行くつもりだけれどこの列車は内子経由.予定ではこれに乗らずその後の6:06発に間に合えばよいと思っていたものの,駅に早めに着いたのでこの始発に乗って内子経由の分岐点である向井原(むかいばら)駅まで乗ることにした.


松山駅キハ32-2車内
左:JR四国は駅の番号制を今年から実施.予讃線は松山までY00から順番に番号が振られているものの,ここより先は内子線を示すと思われるUに切り替わるためY55とU00の2つの番号が割り当てられている.
右:内子経由八幡浜行き625Dに使用されていたキハ32-2の車内.ロングシートだけのシンプルな車内.キハ32はJR四国だけの形式.


外はまだ薄暗いまま松山駅を出る.次の市坪(いちつぼ)は坊っちゃんスタジアムのそばにある.このあたりから雨が降り出す.松山から14.1km,22分で向井原に到着.
駅前にはコンビニもなく,駅の構内自体は単線のシンプルな作りだったため6分後に反対方向から来た普通列車で1駅戻る.隣の伊予市駅は特急も止まる駅.9分間の待ち合わせ時間のあいだに駅の外に出てみると,目の前にも駅が.目の前にあるにもかかわらず駅の名前は郡中港(ぐんちゅうこう)駅.伊予鉄道郡中線の終着駅で,この郡中港駅のほうが伊予市駅よりも歴史が長い.

伊予市駅6:30発723Dは宇和島まで各駅に止まっていく普通列車.こんどは2両編成であったものの,乗客は数人だった.先ほど立ち寄った向井原を過ぎると列車は海を見下ろす高さで海辺の山側を走っていく.
プランのなかには,景色がよく鉄道と海を題材にしたポスターのロケ地として知られる下灘(しもなだ)駅で下車し,存分に写真を撮って再び伊予市駅まで引き返し,特急いしづち1号を使って内子経由で宇和島へ,というパターンもあったのだけれど….その下灘のひとつ手前の伊予上灘(いよかみなだ)で上り列車待ち合わせのために停車して外に出てみたときにはものすごい雨になっておりました.
「このまま雨ひどくなっていったら,この先列車が遅れるかもしれない」
という漠然とした不安も手伝い,下灘駅での下車は諦めることに.

海岸沿いを走っていた予讃線も伊予長浜からは左に90度向きを変えて肱川(ひじかわ)に沿って内陸に入っていく.時間は通学の時間帯で,夏休み中だけれども部活動のある生徒が少なからずいて,車内に活気が出始めてきた.

向井原から分かれた内子経由の路線が再び一緒になるのは伊予大洲からだけれど,その一つ前の五郎(ごろう)駅は数奇な運命をたどっている.
もともと五郎は内子へ向かう内子線の分岐駅で,このときはまだ内子は松山方面からはつながっていなかった.しかし予讃線の短絡・高速化のために向井原-内子間が予讃線の支線として結ばれるのに伴って,松山方面からの列車が内子からやってくると,内子線は五郎を起点とするよりも伊予大洲を起点とした方が都合がよくなってしまった.もともと内子線と予讃線の分岐点は五郎駅ではなく伊予大洲との間にある信号場だったので,内子からきた列車は五郎に寄らずに伊予大洲に行くことはたやすかった.そこで内子線の五郎から隣駅の新谷(にいや)間は廃止されたために,短絡線で特急も走る路線の中に地方交通線である内子線が5.3kmだけ取り残されているという一見すると不思議な現象が起こっている.

伊予大洲には7:44に着き,6分停車.この間に内子経由で松山方面からやってきた普通列車が到着する.なので一見この6分の停車はその列車からの乗り継ぎ客を拾うために設定されているのではないかと考える.しかしこの列車もこの伊予大洲で23分間停車した後,終点の八幡浜まで行く.今私が乗っている列車は八幡浜より先の宇和島まで行くので伊予大洲から先が目的地の客はここで乗り換えなければならないように思えるのに,なんと宇和島行き列車はここ伊予大洲で23分も停車して油を売っているこの列車が追いついてくるのを八幡浜の駅で26分も停車して待ってから発車するのだ.つまり,私が今乗っている列車から降りて後からやってきた列車に「浮気」をしても,八幡浜駅でまた追いつくことができるということ.それならばやってみない手はない.さいわいなことに,伊予大洲では空は暗かったものの雨は一時的にやんでいた.


伊予大洲駅

伊予大洲(いよおおず)駅.屋根のカタチを見て「これじゃあ雪下ろし大変だなあ」と思ってしまうのが雪国の人間のサガ.
この辺じゃ屋根の雪下ろしなんてやらないわけで.


伊予大洲ではキオスクでパンとコーヒーの簡単な朝食を購入.次に乗った列車はキハ58系とキハ65系の2両編成.2両でシートの色が色違いになっているのがキレイだった.

8:32八幡浜(やわたはま)駅着.伊予大洲まで乗っていた普通列車に追いつく.しかし私は車内でスケジュールをたて直し,八幡浜駅前を見る時間を稼ぐためにこの8:35発の普通列車は見送り,8:57発の特急いしづち1号を待つことにした.せっかくの特急にも乗れるきっぷなので,ここらで特急にも乗りたくなってきた.


八幡浜駅1八幡浜駅2

八幡浜(やわたはま)駅.長年使用されていると思しき駅舎.天井が高い.

八幡浜駅のホームには「のりかえ 別府連絡」の文字が.八幡浜は九州との連絡口になっていて,海を挟んで大分県の別府と臼杵(うすき)へ船が出ている.ぜひとも一度は九州にこんな意表をつく形で上陸したいものだ….
posted by Kammy+ at 01:49| ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 趣味談義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月09日

【なつやすみ旅日記】ぐるっと四国ひとり旅(第1日)

2006年8月17日15:30,全日空866便(エアーニッポン)は定刻どおり松山空港に到着.
それが私の四国への記念すべき第一歩となりました.

今年の夏休み,3泊4日で旅行できる時間ができたことと,今年いっぱいが使用期限のマイルをぜひとも旅行で消化したかったこともあり,7月も末になってから航空券を用意しました.
お盆期間は主要空港はマイル引き換えの対象となる便の設定がなく,地方でもその時点ではすでにほとんどの便でチケットはsold outだったものの,かろうじて8月20日の関西空港からの帰りの便があることを発見.
どうせ同じ15,000マイルなら思いっきり遠いところへいってやろうと考えていたので,新千歳から直行便の出ている鹿児島,福岡,広島,岡山…と見ていっても空席が無く,西日本では松山と高松への便に空席があることを発見.そこで3泊4日の松山-関空を結ぶ旅行プランを練ったのでした.

私は四国は初めてなので,四国のメジャーどころの観光もしないで鉄道にだけ乗っているのはおもしろくないと考え,テツ分は多少ひかえめなプランとなりました.あとは実行に移すだけ….
しかしながら大きな不安要素がありました.それは出発前から週間予報では旅行の期間中はことごとく雨雨マーク….しかも台風10号が接近しているという状況.
「まあ,雨なら列車に乗ってりゃいいもんな」と多少がっかりしていたもののこのときはまだ,この台風がこの旅行のプランをひっかきまわすことになるとは考えてもいないのでありました….

初めて乗ったボーイング737-500(スーパードルフィン)の形がかわいくて私ごのみ.座席は3席-3席の21列.しかし機内はお盆シーズンで観光客満載.隣の老夫婦の旦那はせっかく私が気に入ったこのスーパードルフィンに対して「ビデオ設備もオーディオもない」と不満げ.「これはそうとう古い飛行機だ」「こんなにいっぱい乗ってるんだからもう少しいい機材使ったらどうなんだ」「松山を田舎扱いしてる」….ツッコミどころ満載だったなあ.

さいわいなことに松山の天気は雨はまだ降ってなくて,くもり.
まずは伊予鉄バスの空港連絡線で松山市駅へ.
松山は四国で最初に鉄道が走った街で,国鉄よりも早く1888(明治21)年に伊予鉄道がこの松山市駅(当時は松山駅)から港のある三津までの軽便鉄道を敷いている.
その後1927(昭和2)年になって国鉄予讃線の「松山駅」ができて伊予鉄道は松山市駅へと改称.Wikipediaをみるとこのときはどちらが「松山駅」を名乗るか裁判にまでなって国が勝ったらしいけど,それまで40年近くも親しまれてきた駅名を取り上げちゃうとは,なんとも横暴な感じが.今なら「JR松山駅」にするんだろうなあ.こんなふうに街の中に「○○駅」と「○○市駅」があるのはいくつかあって,県庁所在地ではこの松山(愛媛県)と和歌山の2つ.この2つの街ではどちらでも「市駅」という愛称が使われている模様.

で,この路面電車の走る路線は昔は小さな蒸気機関車が走っていて,夏目漱石の『坊っちゃん』でも「マッチ箱のような汽車」と描かれております.それにちなんで松山では2001年から『坊っちゃん列車』を復活させて松山市駅-道後温泉駅間などを走らせています.ただし市街を走るためSLでは煤煙による影響が大きいことから動力はディーゼルとなっています.



松山 坊っちゃん列車


明日の早朝には松山を発つ予定のため,伊予鉄はほとんど堪能できず残念…,それでも松山市駅から一駅「大手町駅」まで乗車.この駅のそばには現在日本に3箇所しかない鉄道どうしの直角平面交差が.



松山 鉄道と路面電車の平面交差


線路同士が交差するところのレール(クロッシングレール)は高速で通過することができないため,路面電車どうしならともかく一般の鉄道ではかなり稀な存在.

その後,松山駅で明日から使う「四国フリーきっぷ」(3日間JR四国,JR四国バスなどに乗り放題.特急自由席も可)を買い,駅のうどん屋でじゃこ天入りのうどんを食べる.じゃこ天といえば「ワッキーの地名しりとり」の「じゃこ天おばちゃん」.VTR手元になくてわかんないけど,駅のじゃこ天屋とつながってたから,きっとここのことだったんじゃないかと.こちらではじゃこ天はコンビニにも置いてあるほどポピュラーな食べ物みたい.

そして路面電車で本日の宿泊地・道後温泉へ.路面電車に投句用紙と投句箱が備え付けてあるところはさすが正岡子規を輩出した街だけある.高校生を対象とした俳句甲子園をやるだけのことはある.毎年開催されるのは8月19日の「俳句の日」前後とのことで,今年が第9回の選手権大会.この後通ったショッピングモールにも小学生の俳句が掲げられており,この街で子供時代を過ごしていたらいったい何句くらい詠まされるのだろうか.

ところで松山に着いてから気になっていたのだけれど,青地に行き先と距離とかが書いてある道路標識ってどこでも同じかと思いきや,どうもこのあたりの看板は外側が白線で縁取ってあって四隅が丸くなっている.みなさんのお住まいのところはどうですか?



白線で縁取りが… (右下は路面電車用の信号)


本日の宿は道後温泉にほど近い旅館.ビジネスホテルと違って部屋を涼しくして待っていてくれるあたりがうれしい.さっそく道後温泉に行く.まずは周囲の散策.そばにある湯神社のある丘から道後温泉をカメラに収める.休憩室とか茶菓子のつかないスタンダードな「神の湯・階下」へ.中はトラディショナルな公衆浴場の雰囲気で,浴槽はやや深め,天井が高く気持ちがいい.道後温泉は神代の昔から伝わる古い温泉ではあるけれど,これだけの公衆浴場を明治27年に作って,しかも現在に至るまで使用しているということにただただ感嘆.



左:道後温泉本館 正面
右:道後温泉本館 斜め後ろから.背後には温泉街.


正面入り口のところに箱を持った小学生がいて,「どこから来たか教えてください」と道行く観光客に声をかけていた.つまようじを「四国」「近畿」「九州」などブロック分けしたところに入れてもらうという趣向のようで,どうやら夏休みの自由研究のようだ.私はよろこんで協力したけれど,「北海道」は「東北」とセットで1箇所になっていたのがちと不満….
そういや私も小学生の頃,夏休みの自由研究で家の前の国道へ出てってひとり交通量調査やったことあるなあ.1週間は連続で同じ時間やってたっけ….

道後温泉駅から温泉街まではみやげ物屋になっていてそこをぶらついて「いよかんソフト」を食べたり,ポンジュースを飲んだりして愛媛の気分を味わう.まだ時間があったので電車で街のほうまで出て,松山の伝統のお菓子「労研饅頭(ろうけんまんとう)」を閉店前に何とか入手.1個84円.素朴な味わい.



松山の味 労研饅頭(ろうけんまんとう)うずら豆 1個84円


それにしても北海道から来ると四国は暑い暑い.まあ,ひょっとして暑いかもと思ってハンカチを2枚持ってきていたのがせめてもの救いだったかも….

結局夜まで雨は降らず.私は旅館のフロントに明日の朝の出発が早いことを告げておき,明日に備えて早めに就寝.その夜の未明,台風10号は九州に上陸していたそうで….
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2006年08月27日

助手のお仕事 第18―21週

第20週はまるごと夏季休暇.
それ以外の平日は15日のうち14日は顕微鏡室にこもっておりました.

一向にデータの出ない状況に業を煮やしたボスが,私のやり方を徹底分析.
いかに私が道具を適当に使っていたかが明るみに.
ネジのゆるみを直すことで格段に操作性が向上し,コツもようやくつかむことができて観測条件は整った様子.あとは観察する細胞の条件検討ということに.

このテコ入れによってぽつりぽつりとではあるもののデータが出始めました.
結果が期待通りになるかはまだわかりませんが,ここまで長かった….

私は北海道は夏の暑さでも思考停止するほどヤワな脳ミソの持ち主で,今年も寝苦しさで睡眠の質が低下しふらふらだったのですが,ようやく夏も去っていきそうです.この流れがうまく秋につながっていってくれればいいなあと願う次第であります.
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2006年08月10日

キムワイプ

キムワイプとは,化学実験のときに使用されるボックスティッシュのようなものです.

化学実験に使うガラス器具の水分や汚れを拭き取るとき,普通のティッシュペーパーでは細かい繊維が器具に付着してしまうので,使用できません.
キムワイプはガラスへの繊維の付着がなく,吸水性にも優れています.安価に手に入る同等品がほとんどないため,実験室では商品名であるキムワイプ (Kimwipes)がまるで普通名詞のように使われています.

キムワイプ1
キムワイプ(現在のパッケージ)


で,上の写真が現在日本で売られているキムワイプのデザイン.ところが先日,研究室の多くの古い道具が眠る場所から,箱のデザインが違っている古いキムワイプを発見しました.

キムワイプ2
キムワイプ(ちょっと古いパッケージ)


で,せっかくなのでキムワイプの歴史を調べてみました.

キムワイプはもともとはアメリカのキンバリー-クラーク社(Kimberly-Clark Corp.)の製品.この会社はティッシュペーパーの『クリネックス』で知られる会社で創業は1872年.肝心なキムワイプの発売年が見つけられなかった….
日本には1963年に,十條製紙との合弁会社である十條キンバリーを設立.翌年に日本でのクリネックスの販売が行われている.66年にはキムワイプと並ぶ工業用ワイパー『JKワイパー』が発売になっていることから,おそらくこの時期にはキムワイプは既に日本でも使われていたのではないかと思われる.
1996年,十條キンバリーはクレシア(1993年に「山陽スコット」から改名)と合併した.ということで写真で示した古いほうの箱は少なくとも96年の合併よりも前に作られた箱だということになるわけだ.

そして何ともタイムリーなことに,2006年8月1日より,株式会社クレシアは「日本製紙クレシア株式会社」に変更になっているとのこと.最近製紙業界は北越製紙に対する王子製紙の敵対的TOBでなにかと話題だけれど,製紙業界もどんどん再編されていくんだろうか.製紙業界のことはほとんど無知なんだが.それはさておき,今後研究室でキムワイプを箱買いしたら,社名が何と印字されているか気をつけてみてみるのはいかが?

末筆にてのお願いで誠に恐縮ではありますが,もしお手元に「もっと古い時代のキムワイプの箱がある」という方がおられましたら拝見させてはいただけないでしょうか.また,「アメリカ製のKimwipesの箱を持っている」「いやいや甘い,もっと別の言語のプリントされた箱もあるぞ」というツワモノがいらっしゃいましたら(いるのか?)ご一報いただければ幸いです.

キムワイプ底面
古いほうのキムワイプの箱 底面


参考URL:
・日本製紙クレシア株式会社 http://www.crecia.co.jp/
・Kimberly-Clark Professional http://www.kcprofessional.com/
・Wikipedia(英文)Kimberly-Clarkの項 http://en.wikipedia.org/wiki/Kimberly-Clark
posted by Kammy+ at 22:20| ☁| Comment(3) | TrackBack(12) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月06日

ものつくりの能力

最近,やってる実験の毛色が変わったせいで,四苦八苦しております….

特に苦戦しているのは工作.
はんだづけとか六角レンチとかサビどめとか….
今まで「ちょっと苦手だなあ」と思ってたところで勝負しなければならず,この数ヶ月はまったく歯がたっておりませんでした.
あまりに進まない私をボスが見かねて力を貸してくれたのですが…,自分のあまりの技術のなさと無頓着さが恥ずかしくなるほど,次々と現状での問題点を指摘し,どんどん解決してゆくではないですか.自分が何もできない赤子の分際で「こんな原始的な手法,魅力を感じないんですが.」とか心の中で見下してたのが本当に恥ずかしく思いました….

それにしても,元来クラスでもトップクラスの不器用さを誇っている私(いや誇りたくないけど)としては,自分のできないことから逃げて逃げてここまで大きくなってしまったのは,人生における大失敗だよなあ….そんな甘っちょろい生き方してたせいで,何一つまともにやりとげられない人間になってしまったしなあ.そもそもできることにくらべてできないことがあまりに多すぎるもの.人生にリセットボタンがくっついてたら,間違いなくここまでくるまえにボタンを押してるものなあ….「克服する」という能力が低すぎなんだよ,自分.

しかしながら自分のことは棚にあげて不安になるのは,こういう何かの道具を自分で作ったり.直したりする技術って,明らかに次の世代へ伝えきれてないよなあ….部屋に合った棚を自分で一から作ったり,配線の不具合を修理したりという,自分で何かを作って,それを使うという経験はこの一世代の間に急激に減少してるんではないだろうか.
何でも「買う」ことが美徳とされ,さらに機械が故障しても「新しいものを買ったほうが安い」という状況に慣らされてしまったら,そういうふうにモノを自分で作り出す能力は失われるよなあ….最近は機器メーカーの業者さんもトラブルを自分で見つけ出して解決するといった能力がめっきり衰えてしまい,ただの売り子とかわらないんだよなあと嘆く声も年配からはよく聞くわけで.
こういう現状を目の当たりにして「よし,だったらオレらががんばるぞ」と燃えるどころか,「まあ,そういう仕事は発展途上国から人呼べばいいんじゃないの?」とか思っちゃうところが,いかにも亡国の没落貴族ですわな.
posted by Kammy+ at 19:42| ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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